執筆: 新居田 恭弘 更新日: 2026/10/6
前回は生分解性ポリマーシリーズの第1回として、ポリ乳酸(PLA)をご紹介しました。今回は同じく生分解性ポリマーであり、医療・工業分野で広く利用されるポリカプロラクトン(PCL)を取り上げます。
PCL は、ε-カプロラクトンの開環重合により得られる脂肪族ポリエステルです。融点が約60℃と低く、生体適合性・生分解性に優れることから、医療用縫合糸やドラッグデリバリーシステム、組織工学用スキャフォールドなどの医療分野に加え、3Dプリンタ用低温フィラメント、生分解性包装材、コンポスタブル製品などにも幅広く利用されています。またPCLは他のポリマーとも相溶性が良く、生分解性ポリマーブレンドの改質材として使われることも多い樹脂です。
なお、「ε-カプロラクトン」は 7 員環の環状エステルで、名前が非常によく似た「ε-カプロラクタム」(ナイロン6 の原料となる 7 員環の環状アミド)とは別の物質です。両者はカプロン酸骨格のε位で環化した化合物という点で共通していますが、環内の官能基がエステルかアミドかの違いがあります。
さて、ε-カプロラクトンと PCL の分子構造は以下の通りです。

繰り返し単位は -O-(CH2)5-C(=O)- で、5 個の連続したメチレン基とエステル基から構成されています。この「長いアルキル鎖 + エステル基」という構造が、PCL の IR スペクトル上の特徴に反映されます。
今回は PCL のスペクトルの特徴を解説するとともに、PLA、PMMA、PE、EVA といった他の代表的なポリマーとの比較を通じて、PCL の判別ポイントについてお話しします。
PCLのスペクトル
PCL の主要なグループ振動を図1にまとめました。

図1. PCLの主要なグループ振動
PCLのATRスペクトルを図2に示します。

図2. PCLのATRスペクトル
直感的には PMMA などアクリル系樹脂と似ているかも?と感じられます。
分子構造からも予想できる通り、エチレン基と、エステルの強い C=O の吸収ピークが特徴的ですが、それ以外にも中程度の吸収ピークがいくつも観察されます。
ポリカプロラクトンの吸収ピークの帰属
PCL の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します1-4)。
2945 cm-1 : CH2 逆対称伸縮
2870 cm-1 : CH2 対称伸縮
1720 cm-1 : エステル C=O 伸縮 (結晶相)
1470 cm-1 : CH2 面内変角
1420 cm-1 : CH2 ワギング (結晶相/trans体)
1365 cm-1 : CH2 ワギング (結晶相/trans体)
1295 cm-1 : OC-O 逆対称伸縮 (結晶相)
1240 cm-1 : C-O-C 逆対称伸縮
1165 cm-1 : C-O-C 対称伸縮
960 cm-1 : C-O-C (結晶相/trans体)
935 cm-1 : C-O-C (結晶相/trans体)
730 cm-1 : CH2 面内変角 (横揺れ)
PCL の吸収ピークで最も目立つのは 1720 cm-1 の強いエステル C=O 伸縮です。これに加えて 1240、1165 cm-1 の COC 伸縮のバンドが強く現れます。これら 3 本のピークは、このスペクトルがエステル基を主鎖に持つポリマーであることを示しています。加えて、2945、2870 cm-1 の CH2 伸縮は、繰り返し単位に含まれる 5 個のメチレン基に由来します。さらに、3100 - 3000 cm-1 付近に芳香環由来のC-H伸縮の吸収がありません。これらのことから、このエステル化合物が芳香族エステルではなく、脂肪族エステルであることがわかります。
なお、C=O 伸縮のピークは十分に結晶化した試料の場合、1720 cm-1 付近に鋭く現れることが知られています。低結晶性の試料や急冷したフィルムでは、この 1720 cm-1 の高波数側(1735 cm-1 付近)にアモルファス由来の C=O 吸収がショルダーとして現れることがあります1-3)。
他ポリマーとの対比 PLA、PMMA、EVA との判別
PCL は、メチレン基やエステルなど、最も基本的な官能基のみから構成されているため、特単一のバンドだけを見て PCL と同定するのは困難です。エステル基を主鎖や側鎖に持つポリマーや、長いメチレン鎖を持つポリマーが複数存在するためです。ここでは、PCL と混同しやすい代表的な脂肪族エステル系のポリマー3種(PLA、PMMA、EVA)を取り上げ、判別方法をご紹介します。
まず、これら4種類のポリマーの主要バンドを表1にまとめました。
PLA は前回のエントリで取り上げた生分解性ポリエステルです。エステル基を主鎖に持つ点で PCL と共通しますが、繰り返し単位の間にメチレン鎖がなく、エステル基が密に配置される点が異なります。この構造の違いが C=O 伸縮の位置に反映されます。PCL の C=O は 1720 cm-1、PLA の C=O は 1750 cm-1 と、30 cm-1 の差があります。一方、C-O 伸縮の位置は PCL が 1175 cm-1、PLA が 1180 cm-1 と近接しており、C-O 伸縮の位置だけでは PCL と PLA を区別することはできません。C=O の波数位置が PCL と PLA を判別するカギとなります。
PMMA は側鎖にメチルエステル基を持つポリマーです。エステル C=O を持つ点で PCL と類似しています。PCL と PMMA の C=O 伸縮の位置はどちらも 1720 cm-1 付近で、両者を C=O の位置で区別することは難しそうです。また CH 伸縮領域は、PMMA はメチル基由来の2950 cm-1、PCL はメチレン基由来の 2945 が強く、近接した位置にピークを持ちます。ピーク強度が異なりますが、CH バンドだけで PCL と PMMA を明確に判別するのは、他の物質との混合物のケースを考慮するとややリスクがあります。一方、C-O 伸縮の位置は明確に異なります。PCL の C-O は 1165 cm-1、PMMA の C-O は 1145 cm-1 で、十分大きな差があります。C-O 位置が PCL と PMMA を判別するカギとなります。
EVA は PE 鎖の側鎖に酢酸ビニル(アセトキシ基)を持つ構造です。エステル基を持つ点で PCL と共通しますが、その位置と結合様式が異なります。EVA の CH バンドは主鎖の PE 部分に由来するため、PE と同じ 2915、2850 cm-1 に現れます。一方、PCL の CH バンドは 2945、2870 cm-1 です。この差は、PCL の主鎖がメチレン鎖の間にエステル基が挟まれる構造であるのに対し、EVA の主鎖は純粋な PE 鎖であることを反映しています。C=O の位置も異なります。EVA は酢酸ビニル側鎖のエステル C=O で 1740 cm-1、PCL は主鎖のエステル C=O で 1720 cm-1 です。さらに、EVA は酢酸ビニル側鎖の C-O が 1240、1020 cm-1 の 2 本に分裂して現れるのに対し、PCL は COC 伸縮が 1240、1175 cm-1 に現れ、出現位置が異なります。
以上のように、PCL と類似ポリマーの判別は、単一のバンドだけで判別できないケースが数多く存在します。
- C=O だけを見ると、PCL と PMMA は同じ位置に現れる
- C-O だけを見ると、PCL と PLA は近接した位置に現れる
- CH だけを見ると、PCL と PMMA は近接した位置に現れる
このため、PCLを他のポリマーから明確に区別するには、C=O、C-O、CH の3つのバンドを組み合わせて参照する必要があります。エステル基を含むポリマーでは特に、複数の吸収バンドを総合的に判断する姿勢が定性分析の精度を大きく左右します。
まとめ
- PCL は脂肪族ポリエステルで、繰り返し単位は -O-(CH2)5-C(=O)- です。1720 cm-1 のエステル C=O 伸縮、1240、1165 cm-1 の COC 伸縮、2945、2870 cm-1 のCH2 伸縮が主要なバンドです。
- 十分に結晶化した試料では C=O が1720 cm-1 に鋭く現れ、低結晶性の試料では 1735 cm-1 付近のアモルファス由来の C=O がショルダーとして現れることがあります。
- PCL は特徴的なバンドを複数持ちますが、単一のバンドでは PLA、PMMA、EVA などの類似ポリマーとの区別は困難です。 C=O、C-O、CH の3つのバンドを組み合わせて参照することが必須です。
次回は同じく生分解性ポリエステルであるコハク酸系ポリマー(PBS、PBSA)を取り上げます。お楽しみに!
執筆:新居田 恭弘
シニアプロダクトスペシャリスト(分子分光分析)
パーキンエルマー合同会社
異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル(塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸塩 (硫酸バリウム等)
㉘ 岩石と砂
㉙ ゴム添加剤(ステアリン酸類)
㉚ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉛ ブタジエンゴム(BR)
㉜ スチレンブタジエンゴム(SBR)
㉝ エチレンプロピレンゴム(EPDM)
㉞ ニトリルゴム(NBR)
㉟ ブチルゴム(IIR)
㊱ ポリ乳酸(PLA)
㊲ ポリカプロラクトン(PCL) ← Now!!
㊳ コハク酸系ポリエステル(PBS、PBSA)
㊴ 微生物産生ポリエステル(PHA)
㊵ 芳香族-脂肪族コポリエステル(PBAT)
㊶ 酢酸セルロース(CA)
㊷ 熱可塑性デンプン(TPS)
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
参考文献
1) K. Phillipson, J.N. Hay, M.J. Jenkins, "Thermal analysis FTIR spectroscopy of poly(ε-caprolactone)", Thermochimica Acta, 595, 74-82 (2014).
2) T. Elzein, M. Nasser-Eddine, C. Delaite, S. Bistac, P. Dumas, "FTIR study of polycaprolactone chain organization at interfaces", Journal of Colloid and Interface Science, 273, 381-387 (2004).
3) Y. He, Y. Inoue, "Novel FTIR method for determining the crystallinity of poly(ε-caprolactone)", Polymer International, 49, 623-626 (2000).
4) A.P. Kotula, C.R. Snyder, K.B. Migler, "Determining conformational order and crystallinity in polycaprolactone via Raman spectroscopy", Polymer, 117, 1-10 (2017).
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
5) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
6) 堀口博, 赤外吸光図説総覧