第46回 異物スペクトルの解析㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)

更新日: 2024/6/24

無機酸化物の第3回目です。今回は酸化チタン(チタニア)と酸化亜鉛に着目していきます。どちらも酸化物半導体であることが知られています。

酸化チタンはチタン (Ti) の酸化物です。その優れた性質から、塗料やインキ、紙、プラスチック、繊維、ゴム、電子部品など身のまわりのさまざまな製品に使用されています。また、微粒子化することで、透明性や触媒性能も高まり、日焼け止め化粧品や、透明フィルム、トナー用添加剤、光触媒、ファインセラミックスなどの分野で使用されています。酸化チタンはルチル、アナターゼ、ブルッカイトの3つの安定な結晶が知られています。3つのうちルチル型が最も安定な結晶構造で、白色顔料などに使用されます。アナターゼ型は光触媒として利用されます。3つの結晶は、いずれも以下のようなチタン原子に対して酸素原子が 6 配位した正八面体構造を有しています。この基本構造の並び方が3つの結晶系で異なります。

酸化亜鉛は亜鉛の酸化物で、非毒性に加え紫外線保護能力が高く、日焼け止めや肌を守る製品に広く使用されています。また、その白さを化粧品として利用されています。さらに、酸化亜鉛は電子部品、半導体、透明電極、光触媒などにも使用されます。
主な結晶形態はウルツ鉱型です。

今回は酸化チタンと酸化亜鉛に着目し、スペクトルの特徴と分類のポイントとをお話ししていきます。

酸化チタンのスペクトル

酸化チタンの吸収位置を図1に示します。


図1. 酸化チタンの主要な振動

 

酸化チタンの ATR スペクトルを図2に示します。


図2. 酸化チタン(ルチル型)の ATR スペクトル

 

主要なピークが 700 cm-1 より低波数側にあることがわかります。

酸化チタン(ルチル型)の吸収ピークの帰属

酸化チタン(ルチル型)の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します1)

  475 cm-1 : TiO6 Ti-O-Ti 伸縮

チタンは重い元素なので、吸収ピークは低波数側に出現します。4000 - 400 cm-1 の中に表れる酸化チタン(ルチル型)の吸収ピークは 475 cm-1 の一本だけです。このピークは高波数側にショルダーを持っており、同様に Ti-O 伸縮による吸収と考えられます。

酸化チタン(アナターゼ型)の吸収ピークの帰属

次にアナターゼ型酸化チタンの ATR スペクトルを図3 に示します。アナターゼ型の酸化チタンは 4000 - 400 cm-1 の波数範囲に吸収を持ちません。一般的に無機酸化物の振動は低波数側に検出されますので、このような物質を検出したい場合は、400 cm-1 より低波数の遠赤外領域へ測定領域を拡張できるタイプの FTIR を使用する必要があります。このタイプの FTIR は、装置の光学材料に CsI (ヨウ化セシウム)という光学材料を使っており、通常の FTIR で使用される KBr よりさらに低波数側の測定が可能です。ここでは Spectrum 3 CsI 仕様を用いて、酸化チタン(アナターゼ型)の 4000 - 300 cm-1 のスペクトルを ATR で測定しました。ATR のクリスタルには Diamond/KRS-5 積層タイプを使用しました。


図3. 酸化チタン(アナターゼ型)ATR スペクトル

 

  400 cm-1 : TiO6 Ti-O-Ti 伸縮

ルチル型とアナターゼ型では、互いにスペクトルの形状は似ている一方、ピークトップ位置は異なることがわかります。

酸化亜鉛の吸収ピークの帰属

酸化亜鉛は、酸化チタンと同様に低波数側に吸収ピークが表れ、通常の FTIR ではピークトップを検出できません。したがって酸化チタン(アナターゼ型)と同じ Spectrum3 CsI 仕様で測定しました。

酸化亜鉛の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します2)


図4. 酸化亜鉛の ATR スペクトル

 

  385 cm-1 : Zn-O 伸縮

酸化亜鉛は 4000 - 400 cm-1 の波数域では 985, 873 cm-1 に弱い吸収ピークが認められます。しかし他の樹脂と混合物になった場合、これらのピークは弱すぎるため、判別に使用するのは難しいと思われます。一方で、400 cm-1 より低波数側で、385 cm-1 に Zn-O 伸縮振動に基づく吸収が見られます。

まとめ

  • 酸化チタンは、チタンと酸素を主成分とする結晶です。主な結晶形態のうち、ルチル型は 475 cm-1 に吸収ピークが、アナターゼ型は 400 cm-1 に吸収ピークが存在します。
  • 酸化亜鉛はウルツ鉱型の結晶形態を持ち、 385 cm-1 に特徴的な吸収ピークを持ちます。

 

次回は水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムなどの無機水酸化物を取り上げます。お楽しみに!

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※タイトルと内容は変更する可能性があります。

参考文献

1) B. Mokaizh et al., Materials 15, 9, 3046 (2022)
2) I. Abdulkadir et.al., S. Afr. J. Chem., 71, 68–78 (2018)

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧