第33回 異物スペクトルの解析⑩ ニトリル系樹脂

執筆: 新居田 恭弘  更新日: 2022/6/21

今回はニトリル系樹脂をご紹介します。ニトリル系樹脂はニトリル(- R - C≡N)を含む樹脂です。もっとも単純なニトリル系樹脂はポリアクリロニトリルです。ポリアクリロニトリルはガスバリア性・耐薬品性が高く成形が容易であることから、主に医薬品包装用途などに利用されています。ポリアクリロニトリルの化学構造は以下の通りです。

ポリエチレンのメチレン基の繰り返しユニットの側鎖にニトリル基が付加したような構造になっています。ニトリル基はシアノ基とも呼ばれますが、本ブログではニトリル基と呼ぶことにします。ニトリル系樹脂は、ポリアクリロニトリルとして使用されるより、共重合体として使用されることの方が多くなっています。

今回はまず初めにポリアクリロニトリルをご紹介します。つづいてアクリロニトリルと他のモノマーの共重合体であるアクリロニトリルスチレン樹脂(AS 樹脂)や、アクリロニトリルブタジエンゴム(ニトリルゴム)についてご紹介します。

ポリアクリロニトリルのスペクトル

ポリアクリロニトリルのスペクトル上の判別はそれほど難しくありません。C≡N 伸縮振動が、2240 cm-1 という特徴的な波数域にピークとして現れるためです。このピーク位置の周辺には 2255 cm-1 のイソシアネート基(-N=C=O)や、2350 cm-1 付近の大気中二酸化炭素(O=C=O)が存在するのみで、他の主要なプラスチックに含まれる官能基とピークが重なることがありません。主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. ポリアクリロニトリルの主要なグループ振動

 

ポリアクリロニトリルのATRスペクトルを図2に示します。


図2. ポリアクリロニトリルのATRスペクトル

 

スペクトルには C≡N 伸縮の強い吸収が見られます。また、C-H 変角の吸収が強い点も特徴的です。

ポリアクリロニトリルの吸収ピークの帰属

ポリアクリロニトリルの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。

 2940 cm-1 : CH逆対称伸縮
 2870 cm-1 : CH2 対称伸縮
 2240 cm-1 : C≡N 伸縮
 1450 cm-1 : CH2 面内変角(はさみ)
 1360 cm-1 : CH 変角 ※
 1240 cm-1 : CH2 面外変角 (ワギング)※※

※ ニトリル基のα炭素と水素の変角振動
※※ 正確にはCH2ワギングと CHワギングの混成振動1)

ニトリル系樹脂の共重合体 ニトリルゴム、AS樹脂、ABS樹脂

アクリロニトリル樹脂の共重合体として代表的なものに、アクリロニトリルブタジエンゴム(ニトリルゴム)、アクリロニトリル-スチレン樹脂(AS樹脂)、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂(ABS樹脂)などがあります。これらはポリアクリロニトリルのモノマーであるアクリロニトリルと、スチレン、ブタジエンなどの共重合体です。


図3. ニトリルゴム(黒)/ AS樹脂 (赤) / ABS樹脂 (青) のATRスペクトル

 

どのスペクトルも 2240cm-1 に C≡N の吸収ピークが存在していることがわかります。また、これまでのブログ(④スチレン系樹脂)のおさらいになりますが、ニトリルゴムはブタジエンのトランス配置ビニレン基(- CH = CH -)に起因する 965 cm-1 のピークが、AS 樹脂には 1 置換ベンゼン環の面外変角振動に起因する 695cm-1 のピークが、ABS 樹脂にはそれらの両方が、それぞれ検出されていることがわかります。

ニトリル基とイソシアネート基、二酸化炭素の判別

異物分析でニトリル基を見かけることはありますが、イソシアネート基を見かけることはそれほど多くないかもしれません。もしあるとすれば、ウレタン樹脂を測定した際にウレタン中の未反応のイソシアネート基が検出されるようなケースでしょうか。実際、ウレタン樹脂の品質確認のため、ATR法により未反応イソシアネート基の量を分析することがあります。
図4は、ABS樹脂のニトリル基(黒)と、ウレタン樹脂を測定して得た残留イソシアネートのピーク(赤)、二酸化炭素のピーク(青)を比較したものです。ABS樹脂とウレタン樹脂はいずれも市販品です。


図4. ABS樹脂のニトリル基(黒)/ ウレタン樹脂の残留イソシアネート基 (赤) / 二酸化炭素(青)

 

ニトリル基とイソシアネート基

ニトリル基とイソシアネート基は比較的近い位置に現れます。2240 cm-1 の C≡N 伸縮振動に対して、イソシアネート基は 2255 cm-1 です。両者のピークは 15 cm-1 程度離れており、図4でもピーク位置の違いがはっきりとわかります。両者は標準的な分解能条件 (例えば、4 cm-1) の測定で十分に区別できます。

ニトリル基と二酸化炭素

パーキンエルマーのFTIRは優れた自動大気補正技術を有しているため、スペクトルの解析時に二酸化炭素による吸収ピークはほぼ無視できます。そのため、弊社FTIRで測定したスペクトルを解析する場合、二酸化炭素の吸収ピークを気にする必要はないのですが、他社製のFTIRで測定したスペクトルを解析する場合はその限りではありません。そこで、図4の青のスペクトルは自動大気補正技術をOFFにして意図的に二酸化炭素の吸収スペクトルを取得し、ニトリル基のピークと比較しました。二酸化炭素は、分解能4 cm-1 で測定した場合、2400 – 2300 cm-1 付近に二本の吸収ピークが現れます。ニトリル基のピークとはピーク形状、ピーク位置いずれも異なることがわかります。

おまけ

今回はデータは載せていませんが、有機溶媒のアセトニトリルもニトリル基を有するので、2250 cm-1 付近に吸収ピークを持ちます。AS樹脂やABS樹脂のニトリル基の吸収ピークより30 cm-1 ほど高波数側にシフトしており、どちらかというとイソシアネートの吸収位置と重なります。

まとめ

  • ニトリル系樹脂は、2240 cm-1 の C≡N 伸縮振動により判断できます。
  • ニトリルゴム、AS樹脂、ABS樹脂などニトリル樹脂の共重合体は、それぞれのモノマー由来の吸収ピークから材質を判断できます。
  • イソシアネートや二酸化炭素の吸収ピークはニトリル基と吸収ピークと近いので、波数位置を確認し、間違わないようにしましょう。

 

次回はウレタン樹脂に着目していきます。お楽しみに!

 

執筆:新居田 恭弘
シニアプロダクトスペシャリスト(分子分光分析)
パーキンエルマー合同会社

異物スペクトル解析シリーズ

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※タイトルと内容は変更する可能性があります。

参考文献

1) J.M.V. Nabais et al., Materials Chemistry and Physics, 93, 100-108 (2005)

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
2) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
3) 堀口博, 赤外吸光図説総覧