執筆: 新居田 恭弘 更新日: 2026/8/6
前回までは、ゴム関連の物質を全 7 回にわたって取り上げてきました。今回からは、新しいシリーズとして「生分解性ポリマー」を取り上げていきます。
近年、異物分析の現場で生分解性ポリマーが検出される事例が少しずつ増えてきています。海洋プラスチック問題への対応として生分解性ポリマーへの置き換えが進んでおり、コンポスタブル(堆肥化可能)な製品の普及を目指して、最終製品の中に意図して使用されている場合だけでなく、製造ライン上や流通ルート上で予期せず混入して異物となる可能性があります。さらに、実際の環境中で採取されたマイクロプラスチックの組成分析でも、ポリ乳酸(PLA)やポリヒドロキシ酪酸(PHB)などの生分解性ポリマーが検出された例が散見されるようになってきました。こうした背景を踏まえて、本シリーズでは異物分析で検出される可能性が高い生分解性ポリマーを順次取り上げ、IRスペクトルの帰属と判別のポイントを整理していきます。
生分解性ポリマーとバイオベースポリマー
本論に入る前に、用語の整理をしておきます。「生分解性ポリマー」と「バイオベースポリマー」は混同されがちですが、両者は異なります。
「生分解性」は、ポリマーの分解挙動に関する性質で、微生物の働きにより最終的に水と二酸化炭素にまで分解されることを指します。一方の「バイオベース」は、ポリマーの原料の起源に関する性質で、化石資源由来ではなく植物などの再生可能資源を原料としていることを指します。こちらはカーボンオフセットの観点で、生分解性ポリマーと同様に着目されています。両者は独立した概念ですので、以下のように 4 つの組み合わせがあり得ます。

このシリーズで取り上げるのは「生分解性」を有するポリマーであり、原料の起源(バイオベースか否か)は問いません。
生分解性ポリマーの構造による分類
生分解性ポリマーは構造上、以下の 3 つのグループに大別できます。分子鎖中に加水分解されやすい結合を含んでいる点が共通の特徴です。
- 脂肪族ポリエステル系 : PLA、PHA、PCL、PBS、PBSA など。エステル結合の加水分解により分解する。
- 脂肪族-芳香族コポリエステル系 : PBAT など。脂肪族部位は分解しやすいが、芳香族部位は分解耐性を持つ。
- 多糖系・天然高分子系 : TPS、CA など。グリコシド結合の加水分解により分解する。
前置きが長くなりましたが、今回は最も代表的な脂肪族ポリエステル系の生分解性ポリマーであるポリ乳酸(PLA:polylactic acid)をご紹介します。PLA は、乳酸(2-ヒドロキシプロパン酸)の脱水縮合体です。原料の乳酸はトウモロコシなどのデンプンを発酵させて得られるため、PLA はバイオベースかつ生分解性のポリマーに分類されます。

PLA の繰り返し単位は、エステル結合(–O–C(=O)–)と、メチル基(CH3)を側鎖に持つメチン炭素(CH)から構成されます。乳酸は、分子の中心にある炭素が不斉炭素 ―自身に結合する 4 つの官能基の種類がすべて異なる炭素― です。そのため乳酸には 2 つの立体異性体(L 体、D 体)が存在し、立体規則性によって性質が大きく変わります。
工業的には L 体を主成分とした ポリL-乳酸(PLLA) が広く流通しています。一方、D 体と L 体を等量混合すると ステレオコンプレックスPLA と呼ばれる融点の高い結晶が得られ、耐熱用途で利用されます。以下の本文では主に PLLA についてお話しします。
ポリ乳酸のスペクトル
PLA の主要なグループ振動を示します。エステル結合の C=O 伸縮、C-O-C 伸縮、メチル基の振動が骨格をなしています。

図1. ポリ乳酸の主要なグループ振動
ポリ乳酸の ATR スペクトルを図2に示します。

図2. ポリ乳酸のATRスペクトル
ポリ乳酸の吸収ピークの帰属
ポリ乳酸の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。1-4)
3000 cm-1 : CH3 逆対称伸縮
2950 cm-1 : CH3 対称伸縮
1750 cm-1 : エステル C=O 伸縮
1455 cm-1 : CH3 逆対称変角
1360 cm-1 : CH 変角 + CH3 対称変角
1180 cm-1 : C-O-C 逆対称伸縮 + CH3 ロッキング
1130 cm-1 : CH3 ロッキング
1085 cm-1 : C-O-C 対称伸縮
1040 cm-1 : C-CH3 伸縮
870 cm-1 : C-COO 伸縮
755 cm-1 : C=O 面内変角
PLA は、多くのポリマーに存在するメチレン基が存在せず、一方でメチル基リッチなため、3000 - 2700 cm-1 のバンド形状はやや特徴的です。これは PMMA など一部のポリマーとも共通する特徴です。さらに、C=O伸縮が 1750 cm-1 付近にあり、代表的なエステル系ポリマーである EVA (1735 cm-1)、PMMA(1725 cm-1)や PET(1715 cm-1)より高波数側にシフトしています。
PLA、PET、PMMA の3つのスペクトルを並べて図3で比較しました。同じエステル系のポリマーですが、それぞれ特徴の異なるスペクトルパターンを示していることがわかります。

図3 PLA(黒)、PET(赤)、PMMA(青)の ATR スペクトル
PET には 1715 cm-1 の C=O 伸縮に加え、1240 cm-1 付近の芳香族エステルの C-O 伸縮、730 cm-1 付近の芳香族 C-H 面外変角といった、芳香族ポリエステルに特有のシャープで強い吸収が現れます。一方 PMMA は 1725 cm-1 の C=O 伸縮と、3000 cm-1 付近に比較的強い C-H 伸縮が現れる点が PLA と異なります。これら 3 物質の最もわかりやすい違いは C=O 伸縮の波数位置です。
PLAの実例
PLA は以下のような用途で広く用いられており、異物として検出される機会も多い樹脂です。
- コンポスタブル製品(食品容器、カトラリー、ストロー、コップなど)
- 3Dプリンタ用フィラメント(FFF/FDM 方式の主力素材)
- 農業用マルチフィルム
- 食品包装フィルム、ラベル
- 医療用縫合糸、骨固定材、ドラッグデリバリー製剤
特に 3D プリンタ用フィラメントは個人ユーザーから工業用途まで幅広く使用されており、製造現場や研究室で発生する異物の中に PLA 片が含まれる事例が増えています。また、食品容器や包装材として使用された後、リサイクル工程や食品製造ラインに混入するケースも報告されています。
まとめ
- ポリ乳酸(PLA)の IR スペクトルの最大の特徴は メチル基特有の 2 本の C-H 伸縮バンドと 1750 cm-1 のエステル C=O 伸縮です。
- C=O の吸収ピークは EVA、PMMA、PET などの一般的なエステル系ポリマーより高波数側に出現します。
次回は PLA と並んで生産量の多いポリカプロラクトン (PCL)について書きます。お楽しみに!
執筆:新居田 恭弘
シニアプロダクトスペシャリスト(分子分光分析)
パーキンエルマー合同会社
異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル(塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸塩 (硫酸バリウム等)
㉘ 岩石と砂
㉙ ゴム添加剤(ステアリン酸類)
㉚ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉛ ブタジエンゴム(BR)
㉜ スチレンブタジエンゴム(SBR)
㉝ エチレンプロピレンゴム(EPDM)
㉞ ニトリルゴム(NBR)
㉟ ブチルゴム(IIR)
㊱ ポリ乳酸(PLA) ← Now!!
㊲ ポリカプロラクトン(PCL)
㊳ コハク酸系ポリエステル(PBS、PBSA)
㊴ 微生物産生ポリエステル(PHA)
㊵ 芳香族-脂肪族コポリエステル(PBAT)
㊶ 酢酸セルロース(CA)
㊷ 熱可塑性デンプン(TPS)
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
参考文献
1) Kister, G., Cassanas, G., Vert, M., "Effects of morphology, conformation and configuration on the IR and Raman spectra of various poly(lactic acid)s", Polymer, 39, 267-273 (1998).
2) Cassanas, G., Morssli, M., Fabrègue, E., Bardet, L., "Vibrational spectra of lactic acid and lactates", Journal of Raman Spectroscopy, 22, 409-413 (1991).
3) Zhang, J., Tsuji, H., Noda, I., Ozaki, Y., "Structural Changes and Crystallization Dynamics of Poly(L-lactide) during the Cold-Crystallization Process Investigated by Infrared and Two-Dimensional Infrared Correlation Spectroscopy", Macromolecules, 37, 6433-6439 (2004).
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
4) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
5) 堀口博, 赤外吸光図説総覧