第72回 検量線用標準液は水で希釈したらどうなる?酸は必要?元素によっては影響あり!ICP-OESで比較検証

更新日: 2026/7/13

 ICP-OESでは、検量線用標準液は酸を添加して希釈調製することが一般的です。一方で、「いつも超純水だけで希釈しているけれど問題ない」というケースも少なくありません。
そこで今回は、硝酸で調製した検量線を用いて、水で希釈した標準液を実際に測定・定量し、その影響を元素別に比較しました。その結果、濃度や元素によっては定量値が低下するケースも確認されました。実測データをもとに、水希釈で特に注意したい元素を紹介するとともに、推奨される標準液調製手順を図解で分かりやすく解説します。検量線作成の基本を見直したい方や、より信頼性の高い分析を目指す方はぜひご覧ください。

今回の検証内容:

  • 硝酸ベース標準液の調製

    EL硝酸 (60%、密度1.38) を 0.05 mL、全量 10 mL の溶液に加えました。硝酸としての物理干渉(粘度変化などによる導入量の変化)はほとんど無視できるレベルにしたいということで添加量を抑えました。実質的には「pH が酸性側にわずかに偏っている」という違いだけが残る、という条件で比較しています。ちなみにこの希釈条件を計算してみると、pH はおよそ 1.2 程度になります。これは後述する JIS K0102 の金属保存基準(硝酸で pH を約 1 にする)に近い酸性度で、実務上の酸性化条件を再現した比較と思います。この硝酸ベースで多元素混合標準液 10 ppm を 10 倍し 1 ppm、さらに 10倍し 0.1 ppm、さらに 10倍し 0.01 ppm と多段階に希釈調製しました。

  • 水希釈だけでの標準液の調製

    多元素混合標準液 10 ppm を水だけで 10 倍、10 倍・・・と多段階希釈しました。


    図. 検証用の標準液の調製内容

 

 これら硝酸ベース標準液水希釈標準液を、0.01 ppm・0.1 ppm・1 ppm の 3 点、20 元素を対象に実測し、水希釈での定量値を硝酸希釈での定量値で割った比率(以下「水/硝酸比率」)を見ていくと、ばらつきの影響もあるため断定はできないものの、気になる傾向が少し見られています。

まずは 1 ppm から見てみましょう

 

 20 元素すべてが 97〜98 % あたりに収まっていて、ばらつき自体はほぼありません。20 元素の平均は 97.4 %で、100 %より少し低いところに全体が片寄っています。「水だけで希釈で良い?」という疑問に一言で答えるなら「希硝酸希釈と大きな差はないが、わずかに低めに出る傾向がある」というのが正確なところだと思います。低め、ということは、検量線の傾きが小さくなるため、サンプル定量値は高めになるかもしれません(サンプルが希硝酸ベースだったら)。

0.01ppmまで下げると、違う挙動が目立ってきます

 

 エラーバー(3 回測定の min-max )がかなり広い元素が目立ちますが、これは検出下限に近い濃度帯であることによる感度不足の影響も一部の元素では含まれていると考えられます。そのうえで、それでもいくつかの元素には優位な傾向が見えます。Pb, Ba, V, Sn は 3 回の測定でおおむね一貫して水側が低く出ており、ノイズだけでは説明しにくい方向性があるように思います。

なぜ水希釈が低くなるのか(仮説)

 酸性化しないでいると、Pb のような金属イオンは器壁への吸着や微量の水酸化物・炭酸塩の生成によって溶液中から失われやすくなることが知られています。実際、国内の工業用水・排水試験の分野でも、JIS K0102 (工業用水・工場排水試験方法)に基づき、金属分析用の試料は採取直後に酸性化することが定められています。具体的には、鉄・マンガンは溶解性成分だけを定量するよう定められており、検水採取直後にろ紙 5 種 Cでろ過し、そのろ液に硝酸を加えて pH を 1 とすることになっています。その他の金属成分についても、同様の酸処理を行うことが規定されています。
 今回の Pb, Ba 等のデータが低め方向に振れているのは、この「酸性化しないと金属が失われやすい」という現象と同じ方向性を示唆している可能性がある、というのが今の時点での見方です。ただし n=3 のデータであり、これだけで断定はできません。ICP-OES の場合、0.01 ppm 以下で定量することは少ないですので、これより低濃度では ICP-MS で検証する必要があります。つまり、ICP-MS での測定範囲の場合は、水希釈は懸念が多いとも考えられます。

 つまり、標準液を水希釈で作り、実際のサンプルには酸が入っているという状況では、この程度(数%オーダー)の定量値のずれが乗る可能性がある、ということになります。単発の分析であれば無視できる範囲かもしれませんが、精度を求める場面では気にしておいた方がよい差だと思います。

まとめ

  • 1 ppm であれば水希釈でも硝酸希釈でも大きな差はありませんが、全体としてはわずかに低め(平均 97.4 %)に出る傾向が見られた。
  • 0.01 ppm ではばらつきが大きく、感度不足の影響も相当含まれていますが、それを踏まえても Pb・Ba・Sn は水側が低く出る傾向が優位に見られ、JIS K0102 が定める金属保存基準(硝酸で pH 1 程度に酸性化)と同じ方向性を示唆している可能性がある。
  • 標準液が水希釈、サンプルに酸が入っている、という組み合わせでは数%オーダーの定量誤差が乗る可能性があり、可能な限り標準液にも同量の酸を加えると良い。※硝酸濃度の影響は第62回 標準液(検量線用)と測定サンプルの酸濃度はどれくらい一致させたほうが良いのか?

 この傾向がより低濃度域ではどうなるのか、時間依存で進むもの(共沈・吸着が進行する)なのか、希釈後の放置時間を変えて確かめた結果もお話しできればと思っています。また、今回使用した多元素混合標準液は硝酸酸性で調製されたものでしたが、中性やアルカリ性で調製されている標準液を酸性の溶液で希釈した場合についてもデータを取得したいと思います。

 

推奨される標準液調製手順を図解:

 

 ここでは 10 mL 調製の場合の例として記載しています。10 mL に定容は難しいですので、50 や 100 mL のメスフラスコなどの利用も良いです(汚染のリスクもありますが)。ガラスを使わない場合は、ピペッターで超純水を添加することで定容することや、重量法で管理することなども行われます。また、標準液原液に添加されている酸の種類を確認しましょう。硝酸溶液に塩酸を入れることで塩化物沈殿が発生する Ag などもありますので注意が必要です。参考になればと思います。