更新日: 2025/2/4
今回は無機硫酸塩、特に硫酸バリウムや硫酸カルシウムに着目していきます。
硫酸バリウムはバリウム (Ba) の硫酸塩で、化学式はBaSO4 です。硫酸バリウムは非常に低い溶解度を持ち、水にはほとんど溶けません。この特性から、X線撮影の造影剤として広く使用されます。人間ドッグで飲むバリウムは、実際のところ硫酸バリウムを飲んでいます。硫酸バリウムは他にも塗料やプラスチック、ゴムの充填材としても利用されています。自然界では主に重晶石として存在し、鉱石資源として採掘されています。
硫酸カルシウムはカルシウム (Ca) の硫酸塩で、化学式はCaSO4 です。硫酸カルシウムは石こうの主成分として知られています。石こうは、建築材料や医療用途、さらには食品添加物としても利用されており、特に、建築用ボードや型取り材料としての使用がよく知られています。
今回は硫酸バリウムや硫酸カルシウムなど無機硫酸塩のFTIRスペクトルに焦点を当て、それぞれのスペクトルの特徴や帰属、分類方法を詳しく説明します。また、その他の無機硫酸塩のスペクトルについても比較していきます。
硫酸バリウムのスペクトル
硫酸バリウムのバンドを図1に示します。

図1. 硫酸バリウムの主要なグループ振動
硫酸バリウムのATRスペクトルを図2に示します。

図2. 硫酸バリウムのATRスペクトル
これまで見てきた無機物と同様に、低波数側に比較的短銃な吸収スペクトルを持ちます。
硫酸バリウムの吸収ピークの帰属
硫酸バリウムの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します1) 。
1180 cm-1 : SO4 S-O 逆対称伸縮, ν3(F2)
1105 cm-1 : SO4 S-O 逆対称伸縮, ν3(F2)
1060 cm-1 : SO4 S-O 逆対称伸縮, ν3(F2)
985 cm-1 : SO4 S-O 対称伸縮, ν1(A1)
600 cm-1 : SO4 S-O 逆対称変角, ν4(F2)
硫酸バリウムは 1060 cm-1 付近に現れる非常に強い吸収と、600 cm-1 に現れる鋭く強い 2本の吸収バンドが特徴的です。帰属の最後に示した記号の意味はこちらのエントリの “ピークの帰属の表記方法について“ の章をご覧ください。3 つのバンドはいずれも硫酸イオン (SO4)2- に関連する吸収です。硫酸イオンは 5 つの原子から成るイオンで、各振動は以下のように帰属されています。

図3. 硫酸イオンの4つの振動モード(このうち赤外活性は ν3, ν4の3つ)1)
4つの振動モードのうち、ν1, ν2 は、硫酸イオン単体で存在する場合、赤外活性を持たないのですが、BaSO4 結晶中では Ba イオンの影響で SO4 イオンの対称性が崩れているため、硫酸バリウムでは ν1の吸収が見られます。
これらのバンドのうち最も吸収が強い 1060 cm-1 付近のバンドは、硫酸イオン以外にも様々な官能基が似たよう波数にバンドを持つので、このバンドだけでは無機硫酸塩か否かの判別が難しそうです。例えば、1 級アルコールの C-OH 伸縮、シリカの Si-O 伸縮、グルコース館の C-O-C 伸縮振動は、近い波数域に強い吸収があります。一方、600 cm-1 の強い吸収は硫酸バリウムに特徴的です。これら2つのピークで無機硫酸塩を判別できます。
さまざまな無機硫酸塩のスペクトルの比較
硫酸カルシウム、硫酸マグネシウムのATRスペクトルを示します。比較として硫酸バリウムのスペクトルも示しました。

図4. 硫酸バリウム (黒) /硫酸カルシウム(赤)/硫酸マグネシウム(青)のATRスペクトル
いずれも硫酸イオンに基づく2本の特徴的な吸収バンドが観察されます。SO 伸縮振動のバンドを詳しく比較すると、ピーク波数位置や吸収バンドの数がそれぞれ異なることがわかります。硫酸カルシウム、硫酸マグネシウムの 3500 - 3000 cm-1 付近、1700 - 1600 cm-1 付近のピークは、水和した (OH)- によるものです。硫酸カルシウムの SO 伸縮振動のバンド形状は特にシリカと似ているので、混同してしまうかもしれません。700 - 500 cm-1 の波数域を確認して、両者を区別しましょう。

図5. 硫酸カルシウム (黒) /シリカ(赤)のATRスペクトル
なお石こうボードのATRスペクトルを測定すると、図5の上段に示した硫酸カルシウムのスペクトルとほぼ一致します。建築資材は異物として混入する可能性が十分考えられますので、覚えておくと分析を進めるうえで役立つと思います。
まとめ
- 硫酸バリウムは、1080 cm-1 付近 600 cm-1 の 2本の吸収バンドが特徴的です。これらのピークは硫酸バリウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウムなどの無機硫酸塩を判別する際の目印となっています。
- 1080 cm-1 のバンドをシリカなど他の物質のピークと混同しないように気を付けましょう。
次回は自然界に最もありふれている無機物、岩石と砂を取り上げます。お楽しみに!
異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル(塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸塩 (硫酸バリウム等) ← Now!!
㉘ 岩石と砂
㉙ 土
㉚ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉛ SBR
㉜ NBR
㉝ EPDM
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
参考文献
1) K. Nakamoto, Infrared and Raman Spectra of Inorganic and Coordination Compounds Part A 5th edition
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
2) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
3) 堀口博, 赤外吸光図説総覧