第48回 異物スペクトルの解析㉕ 無機ケイ酸塩(タルク・カオリン)

更新日: 2024/10/9

今回は無機ケイ酸塩を取り上げます。無機ケイ酸塩はケイ酸イオン(SiOx)n- の塩を含む無機化合物です。ケイ酸塩類に属する鉱物は 2000 種類以上存在するため、すべてを取り上げることはできませんが、今回はこれらのなかで工業的に重要なタルクとカオリン(カオリナイト)を取り上げます。

タルクは、マグネシウム (Mg) とケイ酸 の水酸化物からなる鉱物で、滑石(かっせき)という鉱物名が付けられています。化学式は Mg3Si4O10(OH)2 で、非常に柔らかく、モース硬度は 1 です。タルクはその柔らかさと滑らかさを利用して、製紙用の填料、プラスチック用の充填剤、化粧品用の顔料、医薬品用潤滑剤など、さまざまな用途で利用されています。

一方、カオリンは、アルミニウム (Al) とケイ酸 の水酸化物からなる鉱物です。化学式は Al2Si2O5(OH)4 で、モース硬度は 2~2.5 です。カオリンは、カオリナイトという鉱物名が付けられています。カオリンはその優れた白色度と吸水性を利用し主に陶磁器の原料、製紙用の塗工剤、化粧品の成分として使用されています。タルクとカオリンは、どちらも層状の結晶構造を持っています。この結晶構造の 1 次構造単位は、中心の金属原子に対して酸素原子が 6 配位した八面体構造と、ケイ素、金属を中心に酸素が 4配位した 4面体構造であり、前者と後者はそれぞれシート状に 2次元に並んでいます。そしてこの 4面体シートと 8面体シートが積み重なる形で結晶を形成しています。この層状構造がタルクやカオリンの特有の物理的性質を形成しています1)

今回は無機鉱物、特にタルクとカオリンに着目し、これらの鉱物のスペクトルの特徴と分類のポイントについて詳しくお話ししていきます。

タルクのスペクトル

タルクのバンドを図1に示します。


図1. タルクの主要なグループ振動

 

タルクのATRスペクトルを図2に示します。


図2. タルクのATRスペクトル

 

一見、シリカのスペクトルとやや似ていますが、シリカとは異なり OH 伸縮振動に由来する 3675 cm-1 付近の吸収が見られる点が特徴的です。

タルクの吸収ピークの帰属

タルクの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します2)

 3675 cm-1 : OH 伸縮
  970 cm-1 : Si-O 伸縮
  665 cm-1 : Mg3-OH 変角
  460 cm-1 : Si-O-Si 変角
  445 cm-1 : Mg-O-Si 変角

前回の無機水酸化物のエントリでも取り上げたように、3675 cm-1 に現れる一本の OH 伸縮の吸収ピークが特徴的です。このピークは遊離した(フリーの) OH 伸縮振動に帰属され、このピークはタルクの判別に非常に有効です。また、シリカのエントリで取り上げたように、1000 cm-1 付近に Si-O 伸縮振動が現れます。さらに 665 cm-1 に Mg-OH の変格振動が、460 cm-1 と 445 cm-1 に Si-O-Si の変角振動及び Mg-O-Si の変角振動が、それぞれ現れます。

これらのピークのうち、特に吸収の強い 970 cm-1 や 406 cm-1 のピークは、図1 のようにタルク単体で測定した場合と、タルクがポリマーやその他媒質中に分散されている場合で吸収波数の位置が大きく異なりますので注意が必要です。

図3 は、タルクとポリプロピレンの純物質、および PP 中にタルクを 40% 分散配合した樹脂の ATR スペクトルを比較したものです。 タルク純物質の場合、970 cm-1 に存在していた Si-O のピークトップが、PP 中に分散された場合、996 cm-1 にシフトしています。同様に 407 cm-1 や 667 cm-1 のバンドもシフトしています。一方でピーク強度が小さい 3676 cm-1 のピークトップ位置は変化していません。


図3. タルク純物質(黒) /タルクが分散したポリプロピレン (赤) / ポリプロピレン純物質(青)のATRスペクトル

 

このピークシフトは、ATR で測定した純物質のタルクの Si-O のピーク位置の方が、低波数側にシフトしていると考える方が正確です。実際のところ、純物質のタルク粉体を錠剤法で透過測定した場合の Si-O のピークトップ位置は 1020 cm-1 付近に現れます2)。ATR 測定によるピークの低波数シフトは、無機物のような屈折率が比較的高い物質をダイヤモンドクリスタルで ATR 測定したためと考えられます。このようなケースではサンプルとクリスタルの屈折率差が小さいため、特に吸収ピークが強い波数域で、ATR 測定時の全反射光に占める正反射光の寄与が大きくなった結果、屈折率の異常分散の影響を受けてピークシフトした可能性があります。なおポリプロピレンに対するタルクの添加量を減らしたり、ATR 測定に屈折率の高い Ge クリスタルを使用することで、Si-O のピークトップ位置は透過法での測定結果に近い 1020 cm-1 付近に近づきます。

このように、屈折率が高い無機物の純物質の ATR スペクトルにおいて、吸収強度が強いピークのピークシフトがよく見られます。タルク以外にも、例えばシリカの 1000 cm-1 付近の Si-O 伸縮振動や、炭酸カルシウムの 1400 cm-1 の炭酸イオンに起因する強い吸収も同様に、純物質の ATR スペクトルは低波数側にシフトします。

カオリンのスペクトル

次にカオリンの ATR スペクトルを示します。


図4. カオリンの ATR スペクトル

カオリンの吸収ピークの帰属

カオリンの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します2,3)

 3685 cm-1 : OH 伸縮
 3620 cm-1 : OH 伸縮
 1115 cm-1 : Si - O 伸縮
 1000 cm-1 : Si - O 伸縮
  910 cm-1 : AlO - H 変角
  525 cm-1 : Al-O 変角
  455 cm-1 : Si-O 伸縮

カオリンは 3700 – 3600 cm-1 の波数域にカオリン特有の 4 本の OH 伸縮振動のピークが存在しています。この OH 伸縮バンドのバンド形状とピークトップ位置からカオリンの存在を容易に判別することができます。

まとめ

  • タルクとカオリンはケイ酸塩系の鉱物であり、ゴムや樹脂に分散されたり、添加されて使用されるため、異物分析でも検出されることがあります。タルクは 3675 cm-1 付近に 1 本の OH 伸縮によるピークが、カオリンは 3700 - 3600 cm-1 付近に 4 本の OH 伸縮によるピークが現れます。
  • タルクや他の無機物の純物質の ATR 測定において、吸収強度が強いピークは低波数側へ大きくシフトします。そのため、これらの無機物が樹脂などに添加・分散された試料の ATR スペクトルは、純物質の ATR スペクトルのピークトップ位置より高波数側に現れます。

次回は、炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムなどの無機炭酸塩を取り上げます。お楽しみに!

異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

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※タイトルと内容は変更する可能性があります。

参考文献

1) ;山崎淳司, 粘土鉱物の構造と化学, 化学と教育, 68巻9号 356-359 (2020)
2) Vladimir C., et al., Clays and Clay Minerals, 63, 4, 311-327 (2005)
3) S. Yariv., et al., Clays and Clay Minerals, 48, 1, 10-18 (2000)

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
4) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
5) 堀口博, 赤外吸光図説総覧