第58回 異物スペクトルの解析㉟ ブチルゴム

執筆: 新居田 恭弘  更新日: 2026/6/4

今回はブチルゴム(IIR:Isobutene-Isoprene Rubber)をご紹介します。ブチルゴムは、イソブチレン(イソブテン、CH2=C(CH3)2)とイソプレンの共重合体からなる合成ゴムです。共重合比率はイソブチレンが 97 % 以上、イソプレンが 3 % 未満で、ほぼポリイソブチレン(PIB)に近い分子構造を持っています。ブチルゴムはガスバリアが極めて高く、タイヤ用途のゴムの中で最高レベルであることから、タイヤチューブやインナーライナー、医薬品用ゴム栓、防振ゴム、シーリング材など、気密性や耐ガス透過性が求められる用途で広く使用されています。ブチルゴムの一般的な分子構造は以下の通りです。

ブチルゴムの最大の特徴は、ポリイソブチレン部分の繰り返し単位において、主鎖の一つの炭素原子上に 2 つのメチル基が結合する構造(ジェミナル構造)を持っている点です。これまで取り上げてきた NR、BR、SBR、EPDMな どの炭化水素系ゴムには見られない構造で、IRスペクトルにもこの特徴が反映されます。今回は未配合ブチルゴムの基本スペクトルとピークの帰属、その他物質との判別方法についてご紹介します。次いでブチルゴムの製品への応用例として、ブチルゴム製両面テープのスペクトルについてご紹介します。

ブチルゴムのスペクトル

ブチルゴムはイソブチレン部位由来のメチル基、メチレン基の C-H 伸縮、変角の吸収バンドが現れます。イソプレン部位は C=C 二重結合に由来するバンドの吸収が存在しますが、含有量が 3 % 未満と少ないため、未配合IIRのスペクトルではほとんど観察されません。未配合 IIR の主要なグループ振動を図1 にまとめました。


図1. 未配合ブチルゴムの主要なグループ振動

 

未配合ブチルゴムの ATR スペクトルを図2に示します。


図2. 未配合ブチルゴムの ATR スペクトル

 

ブチルゴムの吸収ピークの帰属

未配合ブチルゴムの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。1-4)

2950 cm-1 : CH3 逆対称伸縮
2915 cm-1 : CH2 逆対称伸縮
2895 cm-1 : CH3 対称伸縮
1470 cm-1 : CH2 面内変角 (はさみ) + CH3 逆対称変角
1390 cm-1 : CH3 対称変角
1365 cm-1 : CH3 対称変角
1230 cm-1 : C-C 骨格伸縮
  950 cm-1 : CH3 ロッキング + C-C 伸縮
  925 cm-1 : CH3 ロッキング + C-C 伸縮

ブチルゴムは脂肪族炭化水素系の化合物のため、4000~3100 cm-1 と 2500~1500 cm-1 の領域に主要な吸収ピークを持ちません。一方で、3000~2800 cm-1 の領域に 4 本のピーク(2950, 2915, 2895 cm-1 付近)が分かれて観察されることが特徴の一つです。これはメチル基とメチレン基それぞれの逆対称伸縮、対称伸縮の振動に由来するもので、メチル基が多く含まれるポリマーに特徴的なパターンです。これらのパターンを示す代表的なポリマーとしてブチルゴム以外にポリプロピレンEPDM などが挙げられます。それぞれのエントリも併せてご覧ください。

ブチルゴムの最も特徴的な吸収は、1390, 1365 cm-1 に現れる CH3 対称変角の 2 本の吸収(ダブレット)です。ポリプロピレン、EPDM などの多くの物質のメチル基はこの波数域の主ピークがシングレット、つまり 1 本のみです。これは、ブチルゴムのように一つの炭素に 2 つのメチル基が結合するとき、メチル基間の相互作用などの影響でピークが 2 本に分裂することに起因します。950、925 cm-1 に観察されるダブレットも同じ理由によるものです。
従って、メチル基対称変角がダブレットであるとき、同一炭素上に 2 つのメチル基が存在することを示す有力な証拠となります。さらに、1230 cm-1 に C-C 骨格伸縮に由来するシャープな吸収が観察され、これもブチルゴムの判別に有用な目印となります。
これらの目印を使って、PP や EPDM からブチルゴムを区別することができます。

ブチルゴム製テープ

ブチルゴムは未加硫の状態で「自己融着性」という特異な性質を持ちます。これは、薄くスライスしたブチルゴム同士を引き伸ばして重ね合わせると、未架橋のゴム分子が互いに拡散・絡み合うことで、継ぎ目のない一体構造を形成する現象です。この自己融着性と、ブチルゴムが持つ優れた気密性、防水性、耐候性、電気絶縁性を活かした製品の一つが、ブチルゴム製のテープです。建築分野での防水・気密シーリング、電気工事での電線ケーブルの端末処理や絶縁、配管補修、アンテナ設備の保護など、幅広い用途で使用されています。ここでは、市販されているブチルゴム製テープの両面を測定した ATR スペクトルの例をご紹介します。


図3 ブチルゴム製両面テープの ATR スペクトル 裏面(黒) / 表面(赤)

 

裏面(黒)、表面(赤)ともに、1390, 1365 cm-1 の CH3 対称変角ダブレット、1229 cm-1 の C-C 骨格伸縮が明瞭に観察されることから、両面ともにブチルゴムを主成分とすることがわかります。一方で、1700 cm-1 付近に C=O 伸縮、1100 cm-1 付近に C-O 伸縮の吸収が観察されます。これらは添加剤に由来するものと考えられ、エステル結合を持つ化合物が含まれていることがわかります。ブチルゴム製テープには、粘着力を高めるための粘着付与樹脂が配合されることが一般的で、ロジンエステル系などのエステル結合を持つ樹脂が使われます。これらが今回観察されている C=O、C-O 吸収の起源と考えられます。このように、ブチルゴム製品ではブチルゴム本体に由来する特徴的なピークの確認に加えて、添加剤由来のピークから製品の構成や用途を推察することができます。

まとめ

  • 未配合ブチルゴムは、1390, 1365 cm-1 の CH3 対称変角ダブレットと 1230 cm-1 のシャープな C-C 骨格伸縮バンドが特徴的です。これらはイソブチレン繰り返し単位の同一炭素上の 2 つのメチル基(ジェミナル構造)に由来します。
  • ブチルゴムは、類似のパターンを示すポリプロピレンや EPDM などの脂肪族炭化水素系ポリマーに対して、上記の特徴的なバンドパターンによって判別できます。
  • 実製品では、ブチルゴム本体に由来する吸収ピークに加えて、粘着付与樹脂などの添加剤に由来する吸収(C=O、C-O 吸収など)が重なって観察されます。主成分の同定と添加剤の同定を組み合わせることで、より詳細な識別が可能になります。

ゴムシリーズはこれでひとまず終了です。1 年以上かけて、様々なゴムや関連する添加剤について、ピークの帰属に基づいた分類方法について取り上げてきました。
次回からは、生分解性ポリマーについて取り上げていきます。環境問題への関心の高まりとともに、生分解性ポリマーの利用が拡大しており、異物分析の現場でも遭遇する機会が増えています。お楽しみに!

 

執筆:新居田 恭弘
シニアプロダクトスペシャリスト(分子分光分析)
パーキンエルマー合同会社

異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

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※タイトルと内容は変更する可能性があります。

参考文献

1) M.A. Adams, B.J. Gabrys, W.M. Zajac, D.G. Peiffer, Macromolecules, 38, 160-166 (2005).
2) D.I. Bower, W.F. Maddams, The Vibrational Spectroscopy of Polymers, Cambridge Solid State Science Series, Cambridge University Press, Cambridge (1992).

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧