更新日: 2026/1/5
原子吸光分析(AAS)で検量線を作るとき、標準液と試料の「酸の濃度」をどこまで意識しているでしょうか。
前処理の都合で試料は酸が濃くなりがちだけれど、検量線はいつも通り 1% の酸で作っている。AASでの物理干渉は少ないだろうし、たぶん大丈夫。
――そんな場面は、決して珍しくありません。
ですが、酸の濃度が合っていないだけで、測定結果は想像以上に変わってしまう、そんなデータを紹介します。
まず起きるのは「吸引量の変化」
酸濃度が高くなると、溶液の粘性や表面張力が変わります。その結果、ネブライザーが吸い込む試料量は徐々に減少します。実際に測定してみると、
塩酸でも硝酸でも、酸濃度が高くなるにつれて 時間当たりの吸引量は確実に低下しました。硝酸では、1% の時点ですでに吸引量の違いが見えています。

図 酸濃度が増えると吸光度が下がる
ここまでは直感的に「粘性が上がれば吸引量が下がる。これは物理的な影響だ」と考えられます。
次に考えるのは当然この疑問です。では、流量補正すれば解決するのか?
吸引量が違うなら、その分を補正すればいい。つまり 流量補正をかければ、酸濃度の違いは無視できるのではないか。
そこで、吸引量の違いを補正したうえで、Cu と Fe の信号強度を比較しました。今回の流量補正は、単位時間あたりの吸引量を調べることで導入量の補正を行いました。

図 塩酸濃度と相対強度(流量補正前後)
導入量だけの違いであれば、酸濃度 0% 時から減ってしまった導入量割合を乗じてあげれば相対感度は 1 になるはずですが、塩酸濃度を上げていくと、流量補正計算を行っても、Cu も Fe も信号は明確に乖離していきます。特に注目したいのは、Fe と Cu の挙動の違いです。もし原因が粘性だけであれば、元素によらず同じような変化になるはずです。しかし、実際のデータはそうなっていません。

図 酸の違いでの元素挙動の違い
硝酸の場合も、酸濃度が高くなるにつれて信号は低下します。ただしこちらでは、Cu と Fe はほぼ同じ挙動を示しています。塩酸では元素ごとの差が現れ、硝酸では元素差がほとんど見られない。この違いは、非常に重要です。
ここまでの結果を整理すると、次のことが見えてきます。
吸引量の違いという「物理的な要因」は、流量補正をしても酸濃度が高くなると信号は低下し、しかもその低下の仕方は、元素や酸の種類によって異なります。つまり、酸が濃いというだけで、化学的な影響が無視できなくなっていると考えるのが自然です。特に塩酸では、元素によって影響の出方が変わるため、単なる粘性の問題では説明できません。
今回の結果で興味深いのは、酸の濃度だけでなく、酸の種類そのものが元素の原子化過程に影響していることです。つまり、
- 酸濃度の違い → 物理干渉+化学干渉
- 酸の種類の違い → 元素依存の化学干渉
ということだと考えられます。
標準液と試料の酸濃度が異なる状態では、なんらかの方法(例えば内標準補正のような方法や、吸引速度の調査など)で流量補正をできたとしても、正しい定量は保証できません。今回のデータを見る限り、酸濃度に 10% 以上の差があると、測定結果に影響が出る可能性が高いと考えられます。
「たかが酸濃度」と思っていると、知らないうちに系統的な誤差を作り込んでしまいます。
〇酸濃度を合わせられないときは?
前処理の都合で、どうしても標準液と試料の酸濃度を揃えられない場合もあります。そのような場合には、標準添加法を用いることで、試料マトリックスの影響をそのまま取り込んだ定量が可能になります。または検量線直線範囲内での添加回収試験も良いでしょう(ICPブログ)。
おわりに
原子吸光分析では、酸濃度の違いは単なる操作条件の差ではなく、測定結果そのものを左右する要因になります。物理干渉は無い/少ないと思っていたけれども案外そうではなく、酸濃度の影響は化学干渉を含む複合的な干渉が起こっています。
「酸の濃度、ちゃんと合わせていますか?」
この一言を意識するだけで、AAS のデータはずっと“安心して見られる”ものになると思います。
補足:ネブライザーには、樹脂製やステンレス製などいくつか種類があり、キャピラリ部分に金属を使用しているものもあります。マトリックス合わせも大切ですが、ネブライザーの酸濃度の適用範囲も確認するようにしましょう。
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