第56回 異物スペクトルの解析㉝ エチレンプロピレンゴム(EPDM)

更新日: 2026/2/3

今回はエチレンプロピレンゴム(EPDM:Ethylene Propylene Diene Monomer rubber)をご紹介します。EPDM は、耐候性、耐オゾン性、耐熱性に優れる合成ゴムであり、自動車用シール材、ガスケット、Oリング、ホース、電線被覆など、屋外環境や高温環境で使用される部品に広く用いられています。そのため、異物分析でもよくみかけるゴムの一つです。EPDM の分子構造を以下に示します。

EPDM は、エチレン(E)、プロピレン(P)、ジエン(D)の三元共重合体で、図に示した分子構造では左から E, P, D のモノマーの順で表記しています。エチレンとプロピレンが主成分で、ジエンの量は一般的に数%と少ないです。ジエンユニットの側鎖の二重結合は架橋反応によって消費されます。EPDM で使用される代表的なジエンとして、上記分子構造にも用いたエチリデンノルボルネン(ENB)などが知られています1)
EPDMの特徴は、主鎖に二重結合(C=C)が存在しないことです。これまでのゴムシリーズで取り上げてきた NRBRSBR はいずれも、二重結合に由来する特徴的な吸収ピークを FTIR スペクトルの判別に使用してきました。EPDM は、FTIR スペクトル上でこのような特徴が少なく、他の炭化水素系化合物との判別が比較的難しいゴムです。今回は未配合 EPDM の基本スペクトルを示し、EPDM とその他物質の判別方法についてご紹介します。次いで製品として添加剤の含まれる EPDM のスペクトル、特に O-リングと発泡スポンジのスペクトルについてご紹介します。

EPDMのスペクトル

EPDM は、主にメチレン基とメチル基に由来するバンドの吸収が得られます。未配合 EPDM の主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. 未配合 EPDM の主要なグループ振動

 

未配合 EPDM の ATR スペクトルを図2に示します。


図2. 未配合 EPDM の ATR スペクトル

 

分子構造から予測されるように、ポリエチレン (PE) とポリプロピレン (PP) のスペクトルをあわせたような印象で、比較的単純なスペクトルパターンとなります。一方でジエンに相当する吸収は、量が少ないためこのスケールでは観察されていません。

EPDMの吸収ピークの帰属

未配合 EPDM の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。1-3)

 2950 cm-1 : CH3 逆対称伸縮
 2920 cm-1 : CH2 逆対称伸縮
 2850 cm-1 : CH2 対称伸縮
 1685 cm-1 : C=C 伸縮 (ノルボルネン) ※極めて微小ピーク
 1460 cm-1 : CH2 面内変角 (はさみ)
 1375 cm-1 : CH3 対称面内変角
  720 cm-1 :CH2 面内変角 (横揺れ)

EPDM はメチレン基、メチル基に由来するバンドが観察されます。これらの吸収が存在し、かつアミドやエステル、エーテル、芳香族など、炭化水素以外の吸収が存在しないことを用いて、まず炭化水素系の化合物群へと分類します。PEPP とピーク位置が共通しますが、PE や PP は結晶性ポリマーであり、結晶由来のピークやバンドの変化が観察されます。EPDM はゴム、つまりアモルファスですので、結晶由来のバンドは観察されません。加えて、メチル基とメチレン基のピーク比率による分類も有効です。また、これまで見てきたゴム(NR、IRBRSBR)はいずれも主鎖中に C=C を有するため、C=C に由来する強い吸収が現れますが、この吸収は EPDM では見られません。
 一方で、PP のエントリでも触れた通り、EPDM と鉱物油等の炭化水素系のオイルはスペクトルパターンが極めて似ており、これまで取り上げてきた様々な物質の判別の中でも最も難しいものの一つです。EPDM と鉱物油の判別にジエンの C=C が役に立つ場合があります。EPDM は反応に関与できなかったノルボルネン由来の C=C が、極めて小さなピークとして検出されることがあります。エチリデンノルボルネンの場合、1685 cm-1 付近にピークが現れます。図3に該当波数範囲付近の拡大図を示します。


図3. 未配合 EPDM の ATR スペクトル (C=C バンドの拡大)

 

図3の●がエチリデンノルボルネン由来の C=C 伸縮です。このピークは極めて小さく、かつ水蒸気によるピークとも重なる波数域ですので一般的に ATR 法での検出は困難なのですが、高度な大気補正 (AVC) を有するFTIRなら検出可能です。このピークが存在すれば EPDM であると判別できるため、極めて微小ではあるものの重要なピークです。

EPDM 製の O-リングと発泡スポンジ

工業用配管やプラントに使用される O-リングやスポンジは、高い耐久性、シール性、耐油性を求められるため、EPDM がよく利用されます。ここでは EPDM 製の O-リングとスポンジの IR スペクトルの例をご紹介します。図4に市販の新品 O-リングと発泡スポンジを FTIR で測定した結果を示します。今回測定した O-リングと発泡スポンジはいずれも黒色であり、カーボンブラックが添加されています。帰属の章で示した分類手順に従うと、EPDM か炭化水素系オイルのいずれか、というところまでは容易に絞ることができます。なお、O-リングの方は 1000 cm-1 付近の吸収からシリカ、872、712 cm-1 の吸収から炭酸カルシウムが、それぞれ添加剤として分散されていることがわかります。発泡スポンジの方は 3600-3400 cm-1 の 4本の吸収から、水酸化アルミニウムが分散していることがわかります。 ゴムの場合、このように添加剤の種類や量の情報を用いて、さらに詳細に分類することが可能です。


図4 O-リング(黒), 発泡スポンジ(赤)の ATR スペクトル (Ge クリスタル使用)

 

次に1685 cm-1 付近の拡大を図5に示します。O-リング、発泡スポンジいずれも 1685 cm-1 にエチリデンノルボルネン由来の微小な C=C 伸縮振動が検出されているため、このスペクトルが EPDM であることがわかります。


図5 O-リング(黒), 発泡スポンジ(赤)の ATR スペクトル (C=C バンドの拡大, Ge クリスタル使用)

まとめ

  • EPDM は主鎖に C=C を持たない炭化水素系ゴムであり、FTIR スペクトルは PE や PP、鉱物油と非常によく似るため、ゴムであること(アモルファス性)やメチル基/メチレン基比、添加剤情報を含めた総合的な判断が重要です。
  • EPDM の判別において、反応に関与しなかったジエン由来の極めて微小な C=C 伸縮振動(ENB の場合 1685 cm-1 付近)が有効な決め手となることがあり、高度な大気補正を備えた FTIR によって検出可能です。
  • 製品としての EPDM(O-リング、発泡スポンジ)では、カーボンブラックや無機充填剤、水酸化物などの添加剤の種類と分散状態がスペクトルに反映されるため、主成分の同定に加えて、添加剤情報を用いた詳細な異物分類が可能です。

次回は NBR(ニトリルゴム)を取り上げます。お楽しみに!

 

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随時更新していきます!ご期待ください!

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※タイトルと内容は変更する可能性があります。

参考文献

1) C. Tosi et. Al., Journal of Applied Polymer Science, 16, 801-810 (1972)

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
2) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
3) 堀口博, 赤外吸光図説総覧