更新日: 2025/12/5
今回はスチレンブタジエンゴム(SBR)を取り上げます。SBR は主に自動車タイヤに用いられる汎用ゴムで合成ゴムの中で最も生産量が最も多いゴムです。SBR はスチレン系樹脂の中でスペクトルを一度取り上げましたが、今回改めて詳しく取り上げていきます。
SBR は、スチレンと1,3-ブタジエンの共重合体であるポリスチレンブタジエンを架橋反応でゴム化したものです。前回のブタジエンゴムでも触れた通り、1,3-ブタジエンは 3 つのポリブタジエン構造を有します。ブタジエンゴムは cis 体が使用されることが多いですが、スチレンブタジエンゴムとして使用される場合は cis 体、trans 体、vinyl がそれぞれ適切なバランスで配合されます。以下に、SBR の分子構造を示します。

SBR は、主にスチレンと、1,3-ブタジエンのモノマー比率や、重合方式(乳化重合 or 溶液重合)や重合条件の選択などにより、様々な共重合組成を得ることができます1,2)。ブタジエンゴムと比べて酸素やオゾンによる劣化に強く、加工しやすいため、主に屋外で使用される自動車用タイヤのトレッド面に使用されます。今回は未配合 SBR の基本スペクトルを示し、SBR とその他物質の判別方法についてご紹介します。次いで製品として添加剤の含まれるブタジエンゴムのスペクトル、特に自動車タイヤのスペクトルについてご紹介します。
SBRのスペクトル
SBR は、ポリスチレンとポリブタジエンの吸収スペクトルの両方を併せ持ったような吸収スペクトルとなります。したがって、C-H バンド、スチレン環(一置換ベンゼン環)、C=C-H 二重結合に由来するバンドの吸収が得られます。未配合 SBR の主要なグループ振動を図1にまとめました。

図1. 未配合 SBR の主要なグループ振動
未配合 SBR の ATRスペクトルを図2に示します。

図2. 未配合 SBR の ATR スペクトル
SBRの吸収ピークの帰属
未配合 SBR の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。3,4)
3070 cm-1 : =C-H 伸縮 (vinyl)
3025 cm-1 : ベンゼン環 CH 伸縮 (スチレン)
3005 cm-1 : =C-H 伸縮 (cis 体)
2915 cm-1 : CH2 逆対称伸縮
2850 cm-1 : CH2 対称伸縮
1640 cm-1 : C=C 伸縮 (vinyl)
1600 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮 (スチレン)
1495 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮 (スチレン)
1450 cm-1 : CH2 面内変角 (はさみ)
965 cm-1 : C=C-H 面外変角 (縦揺れ) (trans 体)
910 cm-1 : C=C-H 面外変角 (縦揺れ) (vinyl)
730 cm-1 : C=C-H 面外変角 (縦揺れ) (cis 体)
700 cm-1 : ベンゼン環 CH 面外変角 (スチレン)
SBR はブタジエンゴムとポリスチレンの両方の吸収スペクトルの特徴を併せ持ちます。まず炭化水素系の化合物なので、炭化水素のエチレン基に由来する 2915, 2850, 1450 cm-1 の C-H 伸縮振動、面内変角振動のバンドがそれぞれ観察されます。加えて、SBR に特徴的なピークとして 3070, 1640, 910 cm-1 に vinyl の C=C-H に起因する吸収バンドが存在します。さらに、3025, 1600, 1495, 700 cm-1 にスチレン由来の1置換ベンゼン環の吸収が観察されます。特に 3070、910、700 cm-1 の三本の吸収に着目するとよいでしょう。これらの波数域にピークトップを持つのは、SBR か ABS 樹脂のいずれかです。SBR 樹脂であればアクリロニトリル( -C≡N ) のピークが存在しないため、アクリロニトリルの有無により判別が可能です。
自動車タイヤ
自動車タイヤの主成分は SBR です。ここでは自動車用のタイヤのスペクトルの例をご紹介します。新品の自動車用タイヤのトレッド面(アスファルトと接触する面)を少量サンプリングし、FTIR で測定しました。自動車用タイヤにはカーボンブラックが添加されており、ダイヤモンドクリスタルでは良好なスペクトルが得られないため、Ge クリスタルで測定したデータを示します。試料名はタイヤA としました。

図3 自動車タイヤA の ATR スペクトル (Ge クリスタル使用)
まずカーボンブラック添加の影響で、スペクトルのベースラインが右肩上がりとなっています。●で示したピークが SBR に起因するものです。910、700 cm-1 に、それぞれポリブタジエン(vinyl) 特有の C=C-H 変角と、1 置換ベンゼンの C-H 面外変角が検出されていることから、SBR が存在しているとわかります。SBR の標準物質と大きく異なる点は 1100 cm-1 に太くて強い吸収が認められる点です。このピークはタイヤの充填剤として使用されるシリカに由来します。
さらに 2 種類の新品タイヤ(B、C)のトレッド面を同様に測定しました。図4 に A、B、C の 3つのスペクトルを示します。すべての試料で、少なくとも SBR とシリカが含まれていることがわかります。加えて、青色のスペクトルで示したタイヤには、1420、870 cm-1 に吸収ピークが認められることから、さらに炭酸カルシウムが添加されていることがわかります。

図4 自動車タイヤA(黒), B(赤), C(青) の ATR スペクトル (Ge クリスタル使用)
まとめ
- 未配合 SBR はスチレン由来の一置換ベンゼン環のバンドと、cis 体・trans 体・vinyl それぞれに由来する C=C-H の振動バンドがあり、特に 3070、910、695 cm-1 の三本の吸収が特徴的で、これに加えてアクリロニトリルの吸収がなければ SBR と判断できます。
- 自動車用タイヤのトレッド面を FTIR で分析すると、SBR とシリカ、場合によってはさらに炭酸カルシウムが検出されます。
次回はエチレンプロピレンゴム(EPDM)に着目していきます。お楽しみに!
異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル(塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸塩 (硫酸バリウム等)
㉘ 岩石と砂
㉙ ゴム添加剤(ステアリン酸類)
㉚ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉛ ブタジエンゴム(BR)
㉜ スチレンブタジエンゴム(SBR) ← Now!!
㉝ エチレンプロピレンゴム(EPDM)
㉞ ニトリルゴム(NBR)
㉟ ブチルゴム(IIR)
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
参考文献
1) 斉藤晃, 溶液重合, 日本ゴム協会誌 71,6, 315-323 (1998)
2) 曽根卓男ら, 低燃費タイヤを指向した末端編成溶液重合, 日本ゴム協会誌, 83, 4, 103-108 (2010)
3) J. Guilment et. al., Vibrational Spectroscopy, 26,133-149 (2001)
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
4) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
5) 堀口博, 赤外吸光図説総覧