第31回 異物スペクトルの解析⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質

更新日: 2022/3/23

今回はナイロンをご紹介します。ナイロンはもともとポリアミド樹脂を発明した旧デュポン社が、ポリアミド樹脂の商品名として名付けたものですが、現在はポリアミド樹脂と呼ぶよりナイロンと呼ぶことの方が一般的かもしれません。ナイロンの中でも最も多く生産されているのは、ナイロン6です。ナイロン6の構造式は以下の通りです。

主鎖にメチレン基 (-CH2 -) が 5つつながっており、それらがアミド結合(-CO-NH-) で結ばれたような分子構造です。ナイロン 6 の ”6” とは、ポリマーの繰り返し単位の炭素数を意味しています。上の図の、カッコの内側の構造式がひとつの単位です。

さて、タイトルにタンパク質が含まれているのはなぜでしょう?ナイロンとタンパク質の IR スペクトルはよく似ているのです。タンパク質の原料はアミノ酸です。全てのアミノ酸は、隣のアミノ酸と結合するための手としてカルボキシ基 (-COOH) とアミノ基 (-NH2) を持っています。アミノ酸中のカルボキシ基は、隣のアミノ酸のアミノ基と手を結ぶことで、アミド結合 (-CO-NH-) を生成します。つまり、タンパク質とは多数のアミノ酸がアミド結合で繋がったポリアミドの一種、ということになります。

今回はナイロン 6 を中心に、いくつかのナイロンのスペクトルをご紹介するとともに、タンパク質のスペクトルにも触れ、それらの分類のポイントについてお話しします。

ナイロン6 (ポリアミド6)のスペクトル

ナイロン6 はメチレン基とアミド結合の振動が主要なピークとして現れます。アミド結合のうち、主に C=O 伸縮によるバンドをアミドⅠ、主に C-N-H 変角によるものをアミドⅡ、主に C-N 伸縮によるものをアミドⅢと呼びます。主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. ナイロン6の主要なグループ振動

 

ナイロン6 の ATR スペクトルを図2に示します。


図2. ナイロン6のATRスペクトル

ナイロン6の吸収ピークの帰属

ナイロン6 は複数の箇所に特徴的な吸収ピークを示します。代表的なピークの帰属を示します。

 3300 cm-1 :アミドN-H伸縮振動
 2930 cm-1 :CH2 非対称伸縮
 2860 cm-1 :CH2 対称伸縮
 1635 cm-1 :アミド C=O伸縮 (アミドⅠ) ※
 1540 cm-1 :アミド C-N-H変角 (アミドⅡ)※
 1470 - 1410 cm-1 :CH2 面内変角 (はさみ)
 1265 cm-1 :アミド C-N伸縮 (アミドⅢ)※
  690 cm-1 :アミド N-H変角 (アミドV)

※アミドI, Ⅱ、Ⅲに示した帰属は、振動の主たる成分です。実際にはアミドⅠは C=O 伸縮振動に加えて若干の C-N-H 変角と C-N 伸縮の振動が重なった混成振動です。アミドⅡ、アミドⅢも同様です。

ナイロン6 の特徴は、1635 cm-1 付近のアミドⅠバンドと、1540 cm-1 付近のアミドⅡバンドの、2 本の強い吸収ピークです。さらに、3300 cm-1 付近のN-H伸縮振動や、690 cm-1 のアミドⅤバンドも特徴的です。これらはポリアミドに共通のピークですので、他のナイロンやタンパク質にも現れます。

加えて、ナイロンは 3000 - 2800 cm-1 のメチレン基 C-H伸縮振動の吸収も比較的強く現れます。なお 3080 cm-1 付近の吸収ピークは C-H 伸縮振動によるものではありません。アミドⅡの倍音です。

ナイロンとタンパク質

先に触れた通り、タンパク質はナイロンと非常に似ています。以下にナイロン6と、異物分析で頻繁に検出されるヒトの皮膚、毛髪のスペクトルを示します。


図3. ナイロン6 (黒)/ ヒトの皮膚 (赤) / ヒトの毛髪 (青) のATRスペクトル

 

いずれもアミドI,アミドⅡバンドの特徴が現れていますし、N-H 伸縮振動や C-H 伸縮振動も同じ波数位置にピークが存在するので、“ナイロンとタンパク質のスペクトルが似ている”ということを知らないと、間違えてしまう可能性があります。
ナイロンとタンパク質を判別するポイントは、3300 cm-1 付近のピークの形状です。ナイロンは N-H 伸縮振動に基づくピークで比較的シャープですが、ヒトの皮膚と毛髪はよりブロードな形状です。タンパク質は水分を含んでいますので、この領域のピークは水の OH 伸縮振動が重なることでブロードになります。それでも判別がつかない場合は SEM-EDS などの元素分析のデータを併せて考えると良いでしょう。ナイロンの場合は C、N、O のみが検出されますが、タンパク質であれば、これらに加えて S が検出されます。加えて多くの場合、生体に含まれる P、Na、Mg、K、Cl なども一緒に検出されます。

ナイロンの種類 ナイロン6 / ナイロン6,6 / ナイロン4,6 / ナイロン12

ナイロンは、脂肪族の炭素の数によっていくつかの種類が存在します。ナイロン 6 は、繰り返し単位内にアミド結合が 1 つだけですので、どのアミド結合も高分子鎖の主鎖方向に対して同じ方向を向いています。対してナイロン 6,6 は、繰り返し単位内に、互いに逆向きのアミド結合が一対存在しています。ナイロン 4,6 ややナイロン 12 も同様に、アミド結合間の炭素数と、アミド結合の向きによって名前が区別されています。


図4.ナイロン6(黒) / ナイロン6,6(赤) / ナイロン4,6 (青) / ナイロン12のATRスペクトル

 

どのスペクトルも NH 基、アミドⅠ、アミドⅡの特徴的な吸収があること等から、ポリアミドであることが容易に推定できます。

これらのうち、ナイロン 12 はアミド基に対するメチレン基の比率が大きく、C-H 伸縮振動が大きく出るため、容易に識別できます。
残りの 3 つのナイロンは、ほぼ同じスペクトルであるように見えますが、ピークを詳しく調べてみると、分類することができます。

ナイロン6 とナイロン6,6 の分類

このエントリでは生産量の多いナイロン 6 とナイロン 6,6 の分類について触れます。2 つのスペクトルは互いによく似ていますが、1000 - 900 cm-1 付近に着目することで判別できます。図5 にナイロン 6 とナイロン 6,6 のATRスペクトルの拡大図を示しました。


図5.ナイロン6(黒) / ナイロン6,6(赤)のATRスペクトル 1000 – 900 cm-1拡大

 

ナイロン 6 は 973 cm-1 と 930 cm-1 にピークが見られます。いずれもナイロン 6 の結晶に由来したピークです。ナイロン 6 には 2つの結晶型の存在が知られており、973 cm-1 は α 型、930 cm-1 は γ 型の結晶に帰属されます。1) 一方で、ナイロン 6,6 の 935 cm-1 も結晶由来のピークとされています。より正確には、trans 配座の C-C 伸縮振動に帰属されます。2)
これらの情報を元に、ナイロン 6 とナイロン 6,6 の分類が可能です。

まとめ

  • ナイロンの特徴はアミドⅠ、アミドⅡバンドの 2 本の強い吸収です。さらに、3500 cm-1 付近の NH 伸縮やアミドⅤバンドも特徴的です。
  • タンパク質もポリアミドの一種です。タンパク質とナイロンのスペクトルは似ているので注意が必要です。
  • ナイロン 6 とナイロン 6,6 は、1000 – 900 cm-1 付近の結晶ピークにより分類できます。

 

次回はタンパク質とともに異物分析で頻繁に出現する、セルロース(紙や綿など)に着目していきます。お楽しみに!

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随時更新していきます!ご期待ください!

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㉟ ブチルゴム(IIR)

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

参考文献

1) K.Tazima, T. Kanemoto, M.Ito, Koubunshi Ronbunshu 62(11),533-540 (2005)
2) Sharon J. C. et.al., Polymer 42 (26), 10119-10132 (2001)

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧