JASIS2024が9月4日~6日に開催されます。展示ブースにいますので是非お越しください。
ICP-OESでの定量分析において、問題になる現象の1つとしてイオン化干渉があります。この問題は、既知濃度の標準液を測定したときの発光強度と、共存物を含むサンプル溶液を測定したときの発光強度が、同じ濃度であっても異なってしまう、という現象です。この対策にはいくつかありますが、今回はイオン化抑制剤の効果と、その添加調製濃度を調査しましたのでご報告します。
イオン化抑制剤の効果については、「第23回 カリウムをICP発光で正しく測定するためのテクニック(イオン化抑制剤を再考してみた)」でも紹介しました。また、「第2回 イオン化干渉との戦いの日々」では、イオン化干渉の対策法についても簡単に紹介していますので参考にしていただければと思います。
イオン化抑制剤は、イオン化を抑制する行為ではなく、イオン化を促進して、どの標準液もサンプルも同一な状況を作り出し、見かけ上、イオン化干渉による定量誤差が起こらない状況を作る、というものです。従いまして、単純にイオン化抑制剤を入れるだけで良いわけではなく、サンプルマトリックス(共存元素濃度)を超える量のマトリックスを添加することで効果が得られます。ここでの問題はいくつかあります。
- マトリックスを添加することで、添加試薬由来で汚染する元素は微量元素を測れない
- サンプルマトリックスが高すぎると、それを超える量の別マトリックスを入れるのが難しい(濃すぎる)
- サンプルマトリックスに対し、どれくらいの濃度を加えれば効果が得られるのか知っておく必要がある(イオン化抑制剤を利用しても添加回収試験をすると良いでしょう「第55回 ICPで添加回収率の確認実験手順を図で解説~その定量値が妥当かを判断するために~」)
イオン化を抑制しようとしても、あまりに濃いサンプルには適用できないため、万能ではありませんが、サンプルによっては効果が得られるものと理解しておくと良いと思います。それでは、サンプルマトリックスに対しどれくらいの濃度を添加すれば良いかのデータを紹介します。イオン化干渉を見やすいようにアキシャル測光で検証しました。
下記の図は、マトリックスとして塩化ナトリウム(NaCl) 濃度を変えて鉛 220.353 nm (イオン線:II) 1 ppm 溶液を調製して測定したイオン化干渉の挙動図です。ここで、セシウム (Cs) を添加した場合(赤色のプロット)、セシウムを入れていない場合(灰色のプロット)を比較しています。
Na に対する Cs の量が約 10 倍量ほどあると、減感が -2 %程度で抑えられており回収率 98 %、約 5 倍量になると回収率 95 %となっています。Cs を添加していないプロット(灰色)と比較すると、どの濃度においてもCs添加した(赤色)ほうが回収率は良好になっています。
このように、Cs の添加効果はどの濃度でも得られていますが、効果を確保するには、マトリックスに対し 5~10 倍量以上はあったほうが良さそうです。つまり 1 % Naマトリックスなら 5~10 % Cs を入れる、ということで、結構な濃さですね。マトリックス 5000 ppm 程度のものに対し、2.5~5 % Cs を加えるくらいなら現実的に運用できそうです。感度の良いアキシャルで減感を抑えながら測定するという方法が利用できます。一方、ラジアルであればイオン化干渉も 5 ~ 10 % ほど改善できますので、Cs 添加量は薄めでも良いかもしれません。
次に Cd 228.892 nm (中性原子線:I) の挙動を示します。※今度は横軸 NaCl 濃度 5000 mg/L まで増やしていますので Pb 検証時と横軸範囲が異なっています。
中性原子線の場合、イオン線に比べるとイオン化干渉の程度が小さい傾向があり、抑制剤の効果も得られやすい傾向が見られています。今回はマトリックスに対し 3 倍量程度あれば、回収率 95 % 程度は確保できそうです。
このように、元素や波長、発光線の種類によってイオン化干渉は異なりながら、イオン化抑制剤の効果の程度も異なってきます。イオン化抑制剤を添加しているから安心というわけではないのですが、回収率を改善できる傾向がある(減感を抑えられる)ことは間違いありません。減感を抑えた状況であれば、内標準補正の効果も得やすいですから、イオン化抑制剤を添加しつつ、内標準補正を実施することで、内標準補正の精度も向上できる、という使い方もありですね。
今回はイオン化抑制剤の効果と添加濃度、そしてその運用方法について考えてみました。ご参考になればと思います。
合わせて読みたい記事:
第55回「ICPで添加回収率の確認実験手順を図で解説~その定量値が妥当かを判断するために~」
第45回「これが現実!内標準補正法に使う内標準元素は何が良いのか?そもそも検量線法より良いのか?」
第23回「カリウムをICP発光で正しく測定するためのテクニック(イオン化抑制剤を再考してみた)」
第12回「ナトリウムとカリウムをICP発光で定量できていますか?」
第2回「イオン化干渉との戦いの日々」
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