無機酸化物の第3回目です。今回は酸化チタン(チタニア)と酸化亜鉛に着目していきます。どちらも酸化物半導体であることが知られています。
酸化チタンはチタン (Ti) の酸化物です。その優れた性質から、塗料やインキ、紙、プラスチック、繊維、ゴム、電子部品など身のまわりのさまざまな製品に使用されています。また、微粒子化することで、透明性や触媒性能も高まり、日焼け止め化粧品や、透明フィルム、トナー用添加剤、光触媒、ファインセラミックスなどの分野で使用されています。酸化チタンはルチル、アナターゼ、ブルッカイトの3つの安定な結晶が知られています。3つのうちルチル型が最も安定な結晶構造で、白色顔料などに使用されます。アナターゼ型は光触媒として利用されます。3つの結晶は、いずれも以下のようなチタン原子に対して酸素原子が 6 配位した正八面体構造を有しています。この基本構造の並び方が3つの結晶系で異なります。
酸化亜鉛は亜鉛の酸化物で、非毒性に加え紫外線保護能力が高く、日焼け止めや肌を守る製品に広く使用されています。また、その白さを化粧品として利用されています。さらに、酸化亜鉛は電子部品、半導体、透明電極、光触媒などにも使用されます。
主な結晶形態はウルツ鉱型です。
今回は酸化チタンと酸化亜鉛に着目し、スペクトルの特徴と分類のポイントとをお話ししていきます。
■酸化チタンのスペクトル
酸化チタンの吸収位置を図1に示します。
図1. 酸化チタンの主要な振動
酸化チタンの ATR スペクトルを図2に示します。
図2. 酸化チタン(ルチル型)の ATR スペクトル
主要なピークが 700 cm-1 より低波数側にあることがわかります。
■酸化チタン(ルチル型)の吸収ピークの帰属
酸化チタン(ルチル型)の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します1) 。
475 cm-1 : TiO6 Ti-O-Ti 伸縮
チタンは重い元素なので、吸収ピークは低波数側に出現します。4000 - 400 cm-1 の中に表れる酸化チタン(ルチル型)の吸収ピークは 475 cm-1 の一本だけです。このピークは高波数側にショルダーを持っており、同様に Ti-O 伸縮による吸収と考えられます。
■酸化チタン(アナターゼ型)の吸収ピークの帰属
次にアナターゼ型酸化チタンの ATR スペクトルを図3 に示します。アナターゼ型の酸化チタンは 4000 - 400 cm-1 の波数範囲に吸収を持ちません。一般的に無機酸化物の振動は低波数側に検出されますので、このような物質を検出したい場合は、400 cm-1 より低波数の遠赤外領域へ測定領域を拡張できるタイプの FTIR を使用する必要があります。このタイプの FTIR は、装置の光学材料に CsI (ヨウ化セシウム)という光学材料を使っており、通常の FTIR で使用される KBr よりさらに低波数側の測定が可能です。ここでは Spectrum 3 CsI 仕様を用いて、酸化チタン(アナターゼ型)の 4000 - 300 cm-1 のスペクトルを ATR で測定しました。ATR のクリスタルには Diamond/KRS-5 積層タイプを使用しました。
図3. 酸化チタン(アナターゼ型)ATR スペクトル
400 cm-1 : TiO6 Ti-O-Ti 伸縮
ルチル型とアナターゼ型では、互いにスペクトルの形状は似ている一方、ピークトップ位置は異なることがわかります。
■酸化亜鉛の吸収ピークの帰属
酸化亜鉛は、酸化チタンと同様に低波数側に吸収ピークが表れ、通常の FTIR ではピークトップを検出できません。したがって酸化チタン(アナターゼ型)と同じ Spectrum3 CsI 仕様で測定しました。
酸化亜鉛の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します2) 。
図4. 酸化亜鉛の ATR スペクトル
385 cm-1 : Zn-O 伸縮
酸化亜鉛は 4000 - 400 cm-1 の波数域では 985, 873 cm-1 に弱い吸収ピークが認められます。しかし他の樹脂と混合物になった場合、これらのピークは弱すぎるため、判別に使用するのは難しいと思われます。一方で、400 cm-1 より低波数側で、385 cm-1 に Zn-O 伸縮振動に基づく吸収が見られます。
■まとめ
- 酸化チタンは、チタンと酸素を主成分とする結晶です。主な結晶形態のうち、ルチル型は 475 cm-1 に吸収ピークが、アナターゼ型は 400 cm-1 に吸収ピークが存在します。
- 酸化亜鉛はウルツ鉱型の結晶形態を持ち、 385 cm-1 に特徴的な吸収ピークを持ちます。
次回は水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムなどの無機水酸化物を取り上げます。お楽しみに!
■異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS, PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
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㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸 (硫酸バリウム等)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
■参考文献
1) Singh, Praveen Kumar, et al., Journal of Advances in Nanomaterials 2, 3, 161 (2017)
2) N. Ashkenov et al., Journal of Applied Physics, 93, 126-133 (2003)
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧
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