異物スペクトルの解析⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS, PES) | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS, PES)

芳香族ポリスルフィドは高分子鎖の中にベンゼン環と硫黄原子を含むポリマーです。ポリフェニレンスルフィド(poly phenylene sulfide, PPS)やポリエーテルサルホン(polyethersulfone, PES)等がよく知られています。PPS はスーパーエンジニアリングプラスチックに分類される結晶性の熱可塑性樹脂で、高い耐熱性、優れた耐薬品性、そして難燃剤を添加せずに自己消火性を保有する特性を持っています。これらの特性から、PPS は家電製品のスイッチやコネクタ自動車用の基板建築用の配管材、工作機械のハウジングなど、多くの工業用途で利用されています。PPSの分子式は以下の通りです。ベンゼン環と、硫黄原子による結合であるスルフィド結合(sulfide)から構成されています。

今回は硫黄に関連する官能基に着目し、PPS や PES の特徴と分類のポイントとをお話ししていきます。

 

■PPS のスペクトル

PPS の主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. PPS の主要なグループ振動

 

PPS の ATR スペクトルを図2 に示します。


図2. PPSのATRスペクトル

 

図2 の ATR スペクトルは、ダイヤモンドクリスタルで測定しています。PPS は屈折率が 1.8 程度で有機物の中では非常に高く1)、スペクトルの形状が屈折率の異常分散の影響を受けて大きく歪んでいます。(PEEK のエントリでも触れました。) Geクリスタルで測定したデータを図3 に示します。


図3. PPS の ATR スペクトル (Ge クリスタル)

 

歪が解消し、よりよいスペクトルが得られていることがわかります。
PPS はポリマーの繰り返し単位に脂肪族が含まれていませんので、PPS そのものに脂肪族由来の C-H 伸縮振動は表れません。しかし市販のPPSには添加材が含まれることもありますので、3000 - 2700 cm-1 に脂肪族由来の C-H 伸縮振動がわずかに検出されることがあります。加えて、ベンゼン環と硫黄が分子組成に含まれますので、これらに由来する吸収が観察されます。

 

■PPSの吸収ピークの帰属

PPS の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します2-4) 。ピークトップ波数はダイヤモンドクリスタルとゲルマニウムクリスタルの両データを記載しました。( )内がゲルマニウムクリスタルで測定したデータのピークトップ波数です。

 3060 cm-1 (3060 cm-1) : ベンゼン環 CH 伸縮
 1570 cm-1 (1575 cm-1) : ベンゼン環 環伸縮
 1470 cm-1 (1475 cm-1) : ベンゼン環 環伸縮
 1380 cm-1 (1390 cm-1) : ベンゼン環 環伸縮
 1090 cm-1 (1095 cm-1) : φ- S 逆対称伸縮
 1070 cm-1 (1074 cm-1) : φ- S 対称伸縮
 1010 cm-1 (1010 cm-1) : ベンゼン環 CH 面内変角
  805 cm-1 ( 820 cm-1 ) : ベンゼン環 CH 面外変角(パラ位 2 置換)

PPS のスペクトルの特徴は、1600 cm-1 より低波数側に吸収ピークが集中してる点です。主要なピークの数はそれほど多くありません。

PPS の判別のステップは、PEEK のエントリで書いたように、まず全芳香族ポリマーであることを判断し、次に全芳香族ポリマー中のどのポリマーかを判断するとよいでしょう。PEEK のエントリでは、PEEK と PPS、さらに PES への判別についても触れました。以下に PPS と PEEK の ATR スペクトルを示します。クリスタルは Ge を使用しています。


図4. PPS (黒)、PEEK(赤)の ATR スペクトル(Ge クリスタル)

 

PPS と PES は、PEEK と異なりベンゼン環-硫黄原子間の結合(φ – S 伸縮)を有しているため、この結合 に帰属される 1090, 1070 cm-1 の 2 本のピークが表れます。この 2 つのピークは  PEEK には表れません。

なお PES の ATR スペクトルは以下の通りです。クリスタルはダイヤモンドを使用しています。


図5. PESのATRスペクトル

 

PES は分子内にエーテル結合 ( - O - ) とスルホニル基 ( - SO2 - )を含む全芳香族系のポリマーです。
PPS と PES の区別ですが PES には φ- S 伸縮の 2 つの振動に加えて、1230 cm-1 付近に芳香族エーテル(φ- O -φ)の伸縮振動が検出されます。また、1145 cm-1 に スルホニル基の SO2 対称伸縮による強い吸収が表れます3)
このような方法で PPS と PES を互いに識別することができます。

 

■PPSの結晶性の判断方法

PPS は結晶性のポリマーです。1575 cm-1 はアモルファスバンド、1075 cm-1 のバンドは結晶性バンドであることが知られています2)
1575 cm-1 のアモルファスバンドは、対称性の高い理想的な結晶の中では赤外不活性の振動モードでありピークが観察されることはありませんが、アモルファスの状態ではベンゼン環のコンフォメーションが変化するため、これらのモードが赤外活性となると考えられています2)。図6に Ge クリスタルで測定した PPS の ATR スペクトルの低波数域を拡大したデータを示します。2つのピークの比率である 1075 cm-1 / 1575 cm-1 を用いて、PPS の結晶化の程度を知ることができます2)


図6. PPS のアモルファスピーク (●) と結晶ピーク () (Ge クリスタル)

 

■まとめ

  • PPS は全芳香族ポリマーの一種で、ベンゼン環と硫黄原子によるスルフィド結合を含む構造を持ちます。
  • PPS のスペクトルは、1600 cm-1 より低波数側に特徴的な吸収ピークがあります。特にベンゼン環とスルフィド結合に基づく φ- S 伸縮振動が特徴的です。それらの吸収ピーク位置により、他の主要なポリマーとの分類が可能です。
  • PPS の結晶化の程度は、PPS の結晶化バンドとアモルファスバンドの比率である 1075 cm-1 / 1575 cm-1 で判断できます。

 

これまで異物分析で検出される可能性が高い、ポリマーそのものを取り上げてきました。市販のプラスチックには機能強化のため無機粒子を分散して使用されることがあります。そこで次回からは代表的な無機物質について取り上げていきます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

有機物か?無機物か? 
ポリエチレン
ポリプロピレン
スチレン系樹脂
ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
アクリル樹脂
ポリエステル
ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
セルロース
ニトリル系樹脂
ウレタン樹脂
ポリカーボネート
シリコーン樹脂
フッ素樹脂
イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
ポリアセタール(POM)
芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
芳香族ポリスルフィド(PPS, PES) ← Now!!
無機酸化物(シリカ, ガラス)
無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(チタニア, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (CaCO3)v1, v2, v3, v4
㉗ 無機硫酸  (BaSO4, MgSO4)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

1) P.L.Carr, I.M.Ward, Polymer, 28, 12, 2070-2076 (1987)
2) D. A. Zimmerman, J. L. Koenig, H. Ishida, Spectrochimica Acta Part A, 51, 2397-2409 (1995)

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

<< Prev
異物スペクトルの解析⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)

Next >>
異物スペクトルの解析㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)