今回は芳香族ポリエーテルケトン、特にポリエーテルエーテルケトン (poly ether ether ketone, PEEK) をご紹介します。PEEK は高温特性に優れ、連続使用温度は 250℃ であり、対疲労性、耐環境性、難燃性などに優れているため、電気電子分野、航空宇宙分野、自動車、医療などの厳しい条件下で高性能を要求される分野に使用されています。PEEK の分子式は以下の通りです。
繰り返し単位はベンゼン環同士を エーテル - エーテル - ケトン で結合したような構造です。今回は PEEK の分類のポイントをお話ししていきます。
■PEEKのスペクトル
PEEK の主要なグループ振動を図1にまとめました。
図1. PEEK の主要なグループ振動
PEEK の ATR スペクトルを図2に示します。
図2. PEEK の ATR スペクトル
上記スペクトルは、ダイヤモンドクリスタルで測定していますが、PEEK は屈折率が 1.7 程度と高いためスペクトルの形状がやや歪んでいます。ダイヤモンドの屈折率は n=2.4 であり、ATR 法はクリスタルとサンプルの屈折率が近づくと、屈折率の異常分散の影響を受けてスペクトルが歪みます。このような場合、屈折率がより高いゲルマニウム(Ge)クリスタル (n=4.0) で測定するとより良いスペクトルが得られます。Ge クリスタルで測定したデータを図3に示します。
図3. PEEK の ATR スペクトル(Ge クリスタル)
ベースラインが安定し、よりよいスペクトルが得られていることがわかります。
PEEK は繰り返し構造に脂肪族は含まれていませんので、PEEK そのものには 3000-2700 cm-1 に脂肪族由来の C-H 伸縮振動は現れませんが、市販の PEEK には添加材が含まれることもありますので、脂肪族由来の C-H 伸縮振動が検出されることもあります。加えて、ベンゼン環、ケトン、エーテルが分子組成に含まれますので、これらに由来する吸収が観察されます。
■PEEK の吸収ピークの帰属
PEEK の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します1-4) 。ピークトップ波数はダイヤモンドクリスタルで測定したデータに基づいています。
3100 cm-1 : ベンゼン環 C-H伸縮
3065 cm-1 : ベンゼン環 C-H伸縮
3040 cm-1 : ベンゼン環 C-H伸縮
1650 cm-1 : φ-(C=O)-φ ケトン C=O伸縮
1595 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮
1490 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮
1280 cm-1 : φ- CO フェニル-カルボニル基 C-C 伸縮
1215 cm-1 : C-O 伸縮 φ-O-φ
1185 cm-1 : C-O 伸縮 φ-O-φ
1155 cm-1 : ベンゼン環 C-H 面内変角(パラ位 2 置換)
835 cm-1 : ベンゼン環 C-H 面外変角(パラ位 2 置換)
510 cm-1 : ベンゼン環 環面外変角(パラ位 2 置換)
PEEK のスペクトルの印象は、他の全芳香族ポリマーであるイミド系樹脂やポリエーテルサルホン(PES)あるいは全芳香族液晶ポリマー(LCP)と似ていて、1800 cm-1 より低波数側に吸収ピークが集中しています。
PEEK の判別の最初のステップとしては、まずは全芳香族ポリマーのグループであるか否かを識別するとよいでしょう。具体的には、
- 脂肪族の C-H 伸縮振動がない(もしくは極めて小さい)
- 芳香族の C-H 伸縮振動が存在する
この 2つの要件を満たす主要なポリマーは、全芳香族系ポリマー(PI, PAI, PEEK, PPS, PES, LCP, アラミド等)または完全フッ素化ポリマー(PTFE, PFA等)です。完全フッ素化ポリマーはピーク形状が極めて単純で容易に識別できることからただちに全芳香族系ポリマーに絞られます。
次に 6種の主要な全芳香族系ポリマーから PEEK を識別するポイントですが、
- 1800-1700 cm-1 にピークが存在しない
- 1650 cm-1 にピークが存在し、かつ1550 cm-1 にピークが存在しない
の両方を満たすポリマーは PEEK と言えます。
3.のプロセスで全芳香族ポリマーのうち 1800-1700 cm-1 にイミド基による吸収を有するイミド系樹脂と、1720 cm-1 にエステル結合に由来するエステル系樹脂が除外できます。次に PEEK と PPS, PES の識別ですが、PEEK はケトンを有しているため 1650 cm-1 にベンゼン環と共役したケトンの C=O 伸縮の吸収があらわれます。PPS と PES はこの領域に吸収がありません。
1650 cm-1 の吸収位置はアラミドのアミド I と重なってしまいます。しかし幸運なことには PEEK には 1550 cm-1 つまりアミド II の吸収域に吸収ピークは現れません。したがって、4のステップで 1650 cm-1 にピークが存在し、1550 cm-1 にピークが存在しなければ、アミド結合を有するアラミドではなくケトンの C=O 伸縮を有する PEEK と推測できます。
ずいぶん複雑な手順ですが、こうして PEEK を他の主要なポリマーと分類することができます。
■PEEKの結晶性の判断方法
PEEK は結晶性のポリマーです。1305 cm-1 のと 965 cm-1 のバンドは結晶性バンドであり、1280 cm-1 と 955 cm-1 のバンドは結晶性とは関係ないことが知られています1)。
したがって、これらのピークの比率である 1305 cm-1 /1280 cm-1 または 965 cm-1 / 955 cm-1 を見ることで、PEEK の結晶化度の判別ができます1)。
図4. PEEK の ATR スペクトル (Ge クリスタル)
結晶化ピーク付近を拡大表示
一方で 955 cm-1 付近のバンドの低波数側のショルダーにも結晶性バンドが重なっていることが知られているため、955 cm-1 のピークを定量する際はこれらを考慮に入れる必要があります。
■まとめ
- PEEK は全芳香族ポリマーの一種で、ケトン、エーテル、ベンゼン環を含む構造を持ちます。
- PEEK のスペクトルは、1800 cm-1 以下に特徴的な吸収ピークがあり、ベンゼン環、ケトン、エーテルに基づく吸収が見られます。それらの吸収ピーク位置により、他の主要なポリマーとの分類が可能です。
- PEEKの結晶化度は、1305 cm-1 /1280 cm-1 または965 cm-1 / 955 cm-1 の比率で判断できます。
次回は芳香族ポリスルフィド(PPS)に着目していきます。お楽しみに!
■異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK) ← Now!!
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸 (硫酸バリウム等)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
■参考文献
1) J. M. Chalmers, W.F. Gasldn and M.W. Mackenzie, Polymer Bulletin 11, 433-435 (1984)
2) M. Kyomoto, K. Ishihara, Applied Material Interfaces, 1, 537-542 (2009)
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧
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