異物スペクトルの解析⑱ ポリアセタール(POM) | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析⑱ ポリアセタール(POM)

今回は脂肪族ポリエーテル、特にポリアセタール (polyacetal) をご紹介します。ポリアセタールは高い機械的強度、剛性、靭性を持つ高性能な熱可塑性ポリマーです。広い温度範囲と環境で優れた特性を示し、工業機械用途ではギヤ、歯車、軸受、ローラーなどの摺動部品に、自動車用途ではハンドル、ヒーターファン、ドアロック等に、一般用途ではファスナー・キャスター・各種樹脂部品等に使用される、汎用エンジニアリングプラスチックです。ポリアセタールの分子構造は以下の通りです。

繰り返し単位はオキシメチレン -CH2-O- です。ホルムアルデヒド(アセタール)を重合して作られるので、一般的にはポリアセタールと呼ばれますが、ポリオキシメチレン (polyoxymethylene, POM)、ポリホルムアルデヒド などと呼ばれることもあり、名称がわかりにくい樹脂でもあります。略号は POM を使用します。今回はポリアセタールの分類のポイントをお話ししていきます。

 

■ポリアセタールのスペクトル

ポリアセタールの主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. ポリアセタールの主要なグループ振動

 

ポリアセタールの ATR スペクトルを図2に示します。


図2. ポリアセタールのATRスペクトル

 

ポリアセタールは C-O-C 伸縮振動の吸収が強いのが特徴的です。C-H 伸縮振動や変角振動も観察されますが、ピーク強度はそれほど強くありません。

 

■ポリアセタールの吸収ピークの帰属

ポリアセタールの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します1,3,4)

 2980 cm-1 : CH2 逆対称伸縮
 2920 cm-1 : CH2 対称伸縮
 1235 cm-1 : CH2 ロッキング+C-O-C 変角+C-O-C 対称伸縮
 1085 cm-1 : C-O-C 非対称伸縮+O-C-O 変角
  890 cm-1 : C-O-C 非対称伸縮+CH2 ロッキング
  630 cm-1 : C-O-C 変角

ポリアセタールの構造はメチレン基とエーテル結合だけですので、スペクトルは比較的単純です。特徴は、890 cm-1 付近、1085 cm-1 付近の2本の強い吸収です。これらは C-O-C、つまりエーテル結合による吸収です。1085, 980 cm-1 の C-O-C 非対称伸縮振動の2本の吸収は結晶化に伴いピークが強くなることが知られています1)。エーテル結合の吸収が特徴的に強い高分子といえばセルロースが代表的ですが、セルロースのスペクトルパターンとは明らかに異なりますので、ポリアセタールの IR スペクトルは他の代表的なポリマーと容易に判別できます。

 

■ポリアセタールの種類 ホモポリマーとコポリマー

ポリアセタールはホモポリマータイプとコポリマータイプの 2 種類が上市されています。図2のスペクトルはホモポリマータイプです。ホモポリマーとは 1 種類のモノマーが重合したポリマーで、コポリマーは 2 種類以上のモノマーが重合したポリマーを指します。ポリアセタールのコポリマーの構造は、ホモポリマーの主鎖の一部がエチレンオキサイド-(CH2-CH2-O)- に置き換わったもので、コポリマー化することで結晶化度が下がります。図3にポリアセタールのホモポリマーとコポリマーのスペクトルを示します。


図3. ポリアセタール ホモポリマー(黒)とコポリマー(赤)の
ATR スペクトル

 

ポリアセタールの 1235 cm-1 のバンドは結晶化によってピークの高さが変わらないことが知られていますので、このバンドのピーク高さで規格化しました1)


図4. ポリアセタール ホモポリマー(黒)とコポリマー(赤)の
ATR スペクトル 1235 cm-1 バンドで規格化

 

図3(左)は、メチレン基の波数域を拡大したものです。規格化後のコポリマーの ATR スペクトルは、ホモポリマーのスペクトルと比べてメチレン基のピーク強度が相対的に高いことがわかります。これは、コポリマーに導入されたエチレンオキサイドにより、ポリマー内のメチレン基の量が相対的に増えたためと考えられます。図3(右)は、C-O-C 伸縮の波数域を拡大したものです。コポリマーの 1085, 980 cm-1 の C-O-C 非対称伸縮振動の 2 本の吸収バンドはホモポリマーより小さいことから、コポリマーはホモポリマーより結晶化度が低いことがわかります。

 

■ポリアセタール(ホモポリマー)の添加剤


図5. ポリアセタール ホモポリマー(黒)とコポリマー(赤)の
ATR スペクトル 1235 cm-1 バンドで規格化

 

ホモポリマータイプのポリアセタールは添加剤としてポリアミドを含有することが知られています2)。 図3 ではピークの強度が小さく差がわかりませんので、図5 に、アミド I, アミド II の波数域を拡大して示しました。ポリアセタールのホモポリマーは 1650, 1550 cm-1 付近にそれぞれアミド I、アミド II の吸収ピークが観察されていることから、添加剤としてポリイミドを含んでいることがわかります。

 

■まとめ

  • ポリアセタールは主にメチレン基とエーテル結合からなる高分子で、1085、890cm-1 付近の 2 本の強い吸収が特徴です。
  • ポリアセタールはコポリマーとホモポリマーの 2 種類があり、コポリマーはエチレンオキサイドを含むため結晶化ピークの強度が低下します。
  • ポリアセタールのホモポリマーはポリアミドを添加剤として含むことが IR スペクトルから判別できます。

 

次回は芳香族ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)に着目していきます。お楽しみに!

 

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2023年のJASISは9/6(水)~9/9(金) に幕張メッセで開催されます。私も3日全てPerkinElmerのブースに立っていますので、お気軽にお立ち寄りください。ブログに関する質問や気になる内容などあれば、当日お答えします。また9/7(木)にJASISの新技術説明会でFTIRに関する講演を予定しています。マイクロ粒子に着目し、大気中に浮遊する粒子径~数μmのマイクロプラスチックをFTIRイメージングで測定し、さらに粒子の劣化度を解析した例をご紹介します。詳細は以下をご覧ください。

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  • 9月7日(木)11:30~12:30
  • 会場:国際会議場 304
  • 「ナノ・マイクロ粒⼦分析の新展開!FTIRイメージングとICP-MSで⼤気中・⼯業⽤⾼純度ガス中の微粒⼦の存在と組成が明らかに!」

それではみなさまと会場でお会いできることを楽しみにしております!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

有機物か?無機物か? 
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ポリプロピレン
スチレン系樹脂
ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
アクリル樹脂
ポリエステル
ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
セルロース
ニトリル系樹脂
ウレタン樹脂
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シリコーン樹脂
フッ素樹脂
イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
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無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
無機水酸化物
無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸  (硫酸バリウム等)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

1) M. Shimomura, M. Iguchi, Polymer, 23, 513 (1982)
2) 駒澤啓泰, 高分子, 27, 516 (1978)

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

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