異物スペクトルの解析⑰ エチレン酢酸ビニル(EVA)樹脂 | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析⑰ エチレン酢酸ビニル(EVA)樹脂

今回は EVA 樹脂をご紹介します。EVA はエチレンと酢酸ビニルの共重合体 (ethylene vinyl acetate copolymer)を指します。EVA 樹脂は紫外線耐性、高対候性が特徴の樹脂で、靴やバッグ、ホットメルト接着剤、医用生体工学材料などに使用されます。さらに発泡させることで、サンダルやスポーツ用品のクッション材などにも利用されます。電気絶縁性が高いため、ソーラーパネルの保護層としても使われます。EVA の分子式は以下の通りです。

共重合体なので、分子式がエチレンのパートと酢酸ビニルのパートに分かれています。一見複雑そうですが、よく見るとポリエチレンの高分子鎖の側鎖にアセトキシ基 (-O-CO-CH3) が付加した構造になっています。アセトキシ基を含む構造をビニルアセテート(VA)とも呼びます。VA の含量はおおよそ3~40% 程度です。VA の量が増えるほど柔らかくなり、VA の量に応じて硬さを調節できるため、様々な用途に応用できるのです。今回は EVA 樹脂に着目し、分類のポイントをお話しするとともに EVA と混同しやすい他のエチレン系共重合体をいくつかご紹介していきます。

 

■EVAのスペクトル

EVA の主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. EVAの主要なグループ振動

 

EVAのATRスペクトルを図2に示します。


図2. EVAのATRスペクトル

 

EVA はポリエチレンの比率が高いので、EVA の ATR スペクトルにもポリエチレンのスペクトルの特徴がよく表れています。

 

■EVAの吸収ピークの帰属

EVA の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。

 2915 cm-1 : CH2 逆対称伸縮
 2850 cm-1 : CH2 対称伸縮
 1740 cm-1 : エステル C=O 伸縮 
 1465 cm-1 : CH2 面内変角 (はさみ) 
 1370 cm-1 : CH3 対称変角
 1240 cm-1 : エステル C-O 伸縮
 1020 cm-1 : アセトキシ基 C-O 伸縮
  720 cm-1 : CH2 面内変角 (横揺れ)

EVA 樹脂の特徴はメチレン基の強い吸収です。C-H のバンドだけを見るとポリエチレンとよく似ています。一方で1740 cm-1 と1240 cm-1 にエステル結合に由来する吸収ピークが存在するため、ポリエチレンと区別ができます。一方、紫外線などで耐候劣化したポリエチレンは1710 cm-1 付近にカルボン酸の C=O の吸収ピークが出現するため、EVA と劣化したポリエチレンを混同しないように注意する必要があります。一般的に劣化したポリエチレンは、C=O とともに OH のピークも強くなりますので、3400 cm-1 付近の OH の吸収の存在の有無を合わせて確認するとよいでしょう。

 

■VA量とスペクトル変化

図3 に VA 量の異なる EVA のスペクトルを示します。黒線は図2 で示した VA 量の少ないタイプ、赤線が VA 量の多いタイプです。VA 量が多いタイプはアセトキシ基由来のピーク強度が増しています。C=O バンド領域の拡大を図4 (左)に示します。VA 量の増加により C=O のピークがわずかに低波数シフトしていることがわかります。これは C=O バンドの周囲に存在する C=O との相互作用が強まった結果と考えられます。また、図4 (右)に720 cm-1 付近の C-H バンドを拡大しました。2本のピークが強くスプリットしています。VA 量の少ないタイプは EVA の中のメチレンユニットの量が相対的に多いため、ポリエチレンの分子構造に近くなり、ポリエチレンの高分子鎖が折りたたまれて結晶化したと考えられます。


図3. VA量の異なるEVAのATRスペクトル (黒:VA量少, 赤:VA量多)


図4. VA量の異なるEVAのATRスペクトル(拡大表示) (黒:VA量少, 赤:VA量多)

 

■その他のポリエチレン共重合体 EMAAとEMMA

エチレンメタクリル酸共重合体(EMAA)とエチレンメタクリル酸メチル共重合体(EMMA)は、エチレンが関わる共重合体という意味で EVA と類似のポリマーです。ポリマーの化学構造は PMMA や PMA にも似ていますが、スペクトルを見た時の印象はこれらより EVA により近いと感じます。
図5に EMMA と EMAA の ATR スペクトルを示します。


図5. EMMA (黒)/ EMAA (赤) のATRスペクトル

 

どちらもメチレン基に起因する 4本の吸収ピークと、C=O 由来のピークが認められます。
EMMA はメチルエステル由来の C-O 伸縮振動が1145 cm-1 に観察されます。一方で、EMAA は3500~2500 cm-1 にかけて、弱くブロードな吸収が見られます。この吸収はカルボン酸の OH 伸縮振動です。これらのバンドから、EVA, EMMA, EMAA を区別することができます。

 

■まとめ

  • EVA 樹脂の特徴はポリエチレンの強いメチレン基の C-H 伸縮、1740 cm-1 の C=O 伸縮、1240, 1020 cm-1 の C-O 伸縮から判別します。
  • EVA 量が増加するとともにアセトキシ基由来のピークが増えます。結晶化が抑えられ1465 cm-1, 720 cm-1 のピークのスプリットが浅くなります。また、C=O のピークがわずかに低波数シフトします。
  • EVA と EMMA、EMAA はスペクトルの形状がやや似ていますが、EMMA は C-O 伸縮振動が1145 cm-1 に、EMAA は3500~2500 cm-1 にかけて弱くブロードな吸収が見られます。

 

次回は脂肪族ポリエーテル(POM)に着目していきます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

有機物か?無機物か? 
ポリエチレン
ポリプロピレン
スチレン系樹脂
ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
アクリル樹脂
ポリエステル
ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
セルロース
ニトリル系樹脂
ウレタン樹脂
ポリカーボネート
シリコーン樹脂
フッ素樹脂
イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA) ← Now!!
ポリアセタール(POM)
芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
無機酸化物(シリカ, ガラス)
無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(チタニア, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (CaCO3)v1, v2, v3, v4
㉗ 無機硫酸  (BaSO4, MgSO4)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
1) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
2) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

<< Prev
異物スペクトルの解析⑯ エポキシ樹脂

Next >>
異物スペクトルの解析⑱ ポリアセタール(POM)