異物スペクトルの解析⑯ エポキシ樹脂 | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析⑯ エポキシ樹脂

今回はエポキシ樹脂 (epoxy resin) をご紹介します。エポキシ樹脂は、分子内に 2 つ以上のエポキシ基を有する樹脂です。JIS K7238-11991『エポキシ樹脂の指定分類』 では、エポキシ樹脂を上記のように“分子内に二つ以上のエポキシ基を有する樹脂”と定義されています。ISO でも同様の定義が用いられています。エポキシ基は、以下に示すような酸素を含むヘテロ 3 員環の官能基です。

エポキシ樹脂は、2 液系の接着剤の主剤として市販されています。主剤を硬化剤により硬化させます。このとき主剤中のエポキシ基どうしが硬化剤を介して結合することでポリマーの架橋構造を形成するため、硬化後の樹脂は非常に硬くなります。エポキシ樹脂、硬化剤どちらも様々な分子構造のものが知られており、主剤と硬化剤の組み合わせの選択肢は非常に多くなっています。これらを適切に設計することで硬化前後の樹脂の物性をコントロールすることができます。

エポキシ樹脂の種類の様々なバリエーションのうち、最も代表的なものはビスフェノールA型のエポキシ樹脂です。以下のような分子構造です。

なお一般的には主剤としてのエポキシ樹脂を硬化して得られた組成物もまたエポキシ樹脂と呼ばれるため、注意が必要です。本エントリでは混同を避けるため、エポキシ樹脂(硬化前, Pre Cure)、エポキシ樹脂(硬化後, After Cure)と呼び分ける事にします。

 

■エポキシ樹脂のスペクトル

まずは硬化前のエポキシ樹脂として、ビスフェノールA型のエポキシ樹脂を取り上げます。主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. ビスフェノールA型エポキシ樹脂(硬化前)の主要なグループ振動

 

エポキシ樹脂(硬化前)のATRスペクトルを図2に示します。図1同様にビスフェノールA型のエポキシ樹脂です。


図2. エポキシ樹脂(硬化前)のATRスペクトル

 

■エポキシ樹脂の吸収ピークの帰属

エポキシ樹脂の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。

 3400 cm-1 : OH 伸縮
 3060 cm-1 : ベンゼン環 CH 伸縮
 2965 cm-1 : CH3 逆対称伸縮
 2925 cm-1 : CH2 逆対称伸縮
 2870 cm-1 : CH3 対称伸縮
 1605 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮
 1505 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮
 1230 cm-1 : エーテル結合 Φ-O 伸縮
 1180 cm-1 : p-置換ベンゼン環 CH 面内変角
 1030 cm-1 : エーテル結合 C-O 伸縮
  915 cm-1 : エポキシ環 逆対称伸縮
  825 cm-1 : p-置換ベンゼン環 CH 面外変角 (ワギング)
  570 cm-1 : p-置換ベンゼン環 CH 面外変角

硬化前のエポキシ樹脂には当然ながらエポキシ基が存在し、915 cm-1 付近にエポキシ基の逆対称伸縮振動が認められます。

 

■エポキシ樹脂(硬化後)

硬化後のエポキシ樹脂のスペクトルを図3 に示しました。硬化後のスペクトルには、エポキシ樹脂由来のピークに加えて硬化剤由来のピークが複数認められます。ただし硬化前のエポキシ樹脂中のエポキシ基は、硬化反応により消費され、別の官能基に変化します。したがって硬化後はエポキシ基のピークが消失するか、あるいは非常に小さくなります。図3 の●がエポキシ基のピークです。硬化後のエポキシ樹脂には 925 cm-1 にピークが見られますが、これはエポキシ基のピークではなく硬化剤由来のピークと推定されます。

エポキシ基が存在しない硬化後のエポキシ樹脂を判別したい場合、エポキシ基以外の情報から類推する必要があります。例えばエポキシ樹脂のスペクトルは 3400 cm-1 付近に OH 基のブロードな吸収が存在します。OH 基を含む汎用ポリマーはセルロースやでんぷんなど生物由来の物質を除くと、ポリビニルアルコール(PVA)やフェノール樹脂、あるいは後述するフェノキシ樹脂などかなり限定されますので、判別の役に立ちます。


図3. 硬化前のエポキシ樹脂(黒) , 硬化剤で硬化した後のエポキシ樹脂 (赤)のATRスペクトル

 

■フェノキシ樹脂

フェノキシ樹脂はエポキシ樹脂のポリマーの繰り返し単位 (n) を増やすことで、熱可塑性を持たせた樹脂です。赤のスペクトルは、ビスフェノールAタイプのフェノキシ樹脂です。図中の●で示したエポキシ基のピークの強度が消失している点を除けば、硬化前のエポキシ樹脂とほぼ同じスペクトルです。高分子量のフェノキシ樹脂のエポキシ基の量は、硬化前エポキシ樹脂のエポキシ基より減少します。また、硬化剤由来のピークが存在しないことが、硬化前エポキシ樹脂との違いとも言えます。


図4. エポキシ樹脂硬化前 (黒)/ フェノキシ樹脂 (赤) のATRスペクトル

 

■まとめ

  • エポキシ樹脂は、915 cm-1 付近のエポキシ基から判別します。
  • 代表的なエポキシ樹脂のポリマー骨格にはビスフェノール類、特にビスフェノールAが使用されます。この場合、ベンゼン環やメチル基、エーテル結合が同時に検出されます。
  • エポキシ樹脂のエポキシ基は、硬化によって消費され、ピークが消失します。また、エポキシ樹脂を高分子量化したフェノキシ樹脂も、同様にエポキシ基のピークが消失します。

 

次回はエチレ酢酸ビニル樹脂(EVA)に着目していきます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

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無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(チタニア, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (CaCO3)v1, v2, v3, v4
㉗ 無機硫酸  (BaSO4, MgSO4)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
1) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
2) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

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