異物スペクトルの解析⑮ イミド系樹脂 | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析⑮ イミド系樹脂

今回はイミド系樹脂をご紹介します。イミド系樹脂は、ポリマーの繰り返し単位の中にイミド基を持つ樹脂の総称です。イミド基は窒素原子にカルボニル基 (C=O) が 2 つ結合したものです。以前書いたポリアミドのエントリで似たような名前の官能基“アミド基”がありました。アミド基は、窒素原子にカルボニル基が 1 つ結合しています。アミド基とイミド基の構造を比べてみました。


アミド基
 
イミド基

 

名前も構造も似ているイミド基とアミド基ですが、一方でイミド基のポリマーとしての使われ方はアミド基と大きく異なります。イミド基の R1 と R3 の間を炭素鎖で繋いで環状構造とし、隣にベンゼン環をつなげます。市販のイミド系樹脂のポリマー骨格中にはこのような構造が存在します。


※実際のポリイミドの工業的な合成経路は上図と全く異なるのですが、ポリマーの繰り返し単位の中の官能基、特にイミド基をひとつのパーツとしてとらえて理解しやすくするため、あえてこのような表現にしました。

 

さて代表的なイミド系樹脂はポリイミドです。ポリイミドは全ての樹脂の中でも最高ランクの耐熱性をもち、加えて高い絶縁性と耐久性を併せ持つスーパーエンジニアプラスチック(スーパーエンプラ)です。ポリイミドにもいくつか種類がありますが、もっとも代表的なものはデュポン社が開発した“ Kapton® ”と呼ばれるポリイミドです。ポリイミドは以下のような分子構造です。

 

イミド基がベンゼン環の左右に直結しています。イミド基の窒素原子はさらに隣のベンゼン環へとつながっています。複雑な分子構造で、スペクトルも複雑になることが予想されます。前置きが長くなりましたが、今回はポリイミドやポリエーテルイミド、ポリアミドイミド等のイミド系樹脂をご紹介します。

 

■ポリイミドのスペクトル

ポリイミドのスペクトルは複雑です。複数のベンゼン環の吸収に加え、イミド基に基づく C=O, C-N の吸収が現れます。
主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. ポリイミドの主要なグループ振動

 

ポリイミド (polyimide, PI) の ATR スペクトルを図2に示します。


図2. ポリイミドのATRスペクトル

 

スペクトルをぱっと見たときのイメージからは、分子構造から予想される通り複雑な印象を抱きます。その中でポリイミドの一番の特長は、1775 cm-1 付近と 1710 cm-1 付近に吸収が見られる点です。これら大小 2 本の吸収はイミドⅠバンドとも呼ばれ、イミド基の C=O 伸縮振動に帰属されます。1500 cm-1 にはベンゼン環の環伸縮振動による吸収もみられます。その低数側、1380 cm-1 に C-N 伸縮振動(イミドⅡバンド)が、さらに 1240 cm-1 には 2 つのベンゼン環に挟まれたエーテル結合( - O - )の非対称伸縮振動による吸収が見られます。1110 cm-1 はイミドⅢバンド、720 cm-1 はイミドⅣバンドです。

 

■ポリイミドの吸収ピークの帰属

ポリイミドの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。1-3)

 3090 cm-1 : ベンゼン環 C-H 伸縮
 3030 cm-1 : ベンゼン環 C-H 伸縮
 1775 cm-1 : C=O 対称伸縮
 1710 cm-1 : C=O 非対称伸縮
 1600 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮
 1500 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮
 1380 cm-1 : C- N 伸縮 (イミドⅡ)
 1240 cm-1 : Φ- O – Φ 非対称伸縮
 1110 cm-1 : (OC)2N 対称伸縮 (イミドⅢ) 
  815 cm-1 : ベンゼン環 CH 面外変角 (パラ位 2 置換)
  720 cm-1 : C=O 面外変角 (イミドⅣ)
  515 cm-1 : C-O-C 変角

 

ベンゼン環とイミド Ⅰ~Ⅳ が認められればイミド系樹脂と判定できます。仮にベンゼン環+イミドⅠの組み合わせだけに着目した場合、PC (ポリカーボネート) /PBT (ポリブチレンテレフタレート) のバンド位置とほぼ重なるため誤判定の可能性が高まります。イミド系樹脂が PC/PBT と異なる物質であることを示すにはベンゼン環+イミドIに加えてイミドⅡ~Ⅳ の存在を示すか、あるいは PC のカーボネートに由来する特徴的な 3 本の吸収が存在しないことを示すかのいずれかが必要です。または EDX など元素分析によってポリイミド中の窒素原子の存在を示すのも有効です。

 

■ポリエーテルイミド

ポリイミドに次いで有名なイミド系樹脂としてポリエーテルイミド (polyether-imide, PEI) が挙げられます。PEI はポリイミドとビスフェノール A をエーテル結合で繋げたような分子構造を繰り返し単位に持ちます。ビスフェノール A の構造は、PC のエントリをあわせてご覧ください。PEI もまた PI と同様に耐熱・耐薬品性が高い難燃性の物質で、電気特性、耐候性にも優れ、絶縁破壊強さも高いスーパーエンプラです。射出成型も可能で、近年は3Dプリンタの材料としても着目されています。PI と PEI のスペクトルを図3に示します。


図3. PI(黒)/ PEI (赤) の ATR スペクトル

 

PEI のスペクトルは PI 同様に複雑です。PI との共通点は、1775 cm-1 と 1710 cm-1 にイミドⅠバンドの吸収が見られ、1500 cm-1 にはベンゼン環の環伸縮振動による吸収もみられます。1380 cm-1 に C-N 伸縮振動(イミドⅡバンド)、1110 cm-1 にイミドⅢバンド、720 cm-1 にイミドⅣバンドがそれぞれ観察されます。一方で、PEI の分子構造が PI と異なる点として、PEI にはメチル基が存在します。実際に PEI のスペクトルには 2965 cm-1 にメチル基の C-H 伸縮に由来する吸収が特徴的に見られます。

 

■ポリアミドイミド

ポリアミドイミド(polyamide-imide, PAI)もまた、PI、PEI とともによく利用されるイミド系樹脂です。耐熱性を備える熱可塑性樹脂で射出成型が可能です。耐熱温度は PI には及びませんが PEI より大幅に高い 275 ℃ 前後です。耐油性に優れ、高温下でも耐摩耗性や摺動特性が維持され、線膨張係数が小さいことが特長です。PAI もスーパーエンプラです。PI と PAI のスペクトルを図4に示します。


図4. PI(黒) / PAI(赤)のATRスペクトル

 

PI と PAI の共通点は、PEI と同様にイミドⅠ, Ⅱ, Ⅲ, Ⅳ とベンゼン環に由来する吸収の存在です。PAI はこれらに加えて 1650, 1550 cm-1 にそれぞれアミドⅠ, アミドⅡ のバンドが観察されます。ポリアミドも同様にアミドⅠ, アミドⅡ が存在しますが、ポリアミドは脂肪族系のポリマーであり、ポリアミドイミドは芳香族系のポリマーですので、ベンゼン環由来、あるいはエチレン基由来のバンドの有無や強度から容易に判別できます。

 

■まとめ

  • ポリイミドは、イミドⅠ~Ⅳバンドとベンゼン環由来のバンドから判別できます。
  • ポリエーテルイミドは、ポリイミドの各バンドに加えてビスフェノール A 由来のメチル基のバンドが存在します。
  • ポリアミドイミドは、ポリイミド由来のバンドに加えてアミド基のアミドⅠ, Ⅱバンドが存在します。

 

次回以降の執筆予定を更新しました。次回はエポキシ樹脂を取り上げます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

有機物か?無機物か? 
ポリエチレン
ポリプロピレン
スチレン系樹脂
ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
アクリル樹脂
ポリエステル
ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
セルロース
ニトリル系樹脂
ウレタン樹脂
ポリカーボネート
シリコーン樹脂
フッ素樹脂
イミド系樹脂 ← Now!!
エポキシ樹脂
エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
ポリアセタール(POM)
芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
無機酸化物(シリカ, ガラス)
無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(チタニア, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (CaCO3)v1, v2, v3, v4
㉗ 無機硫酸  (BaSO4, MgSO4)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

1) H. Ishida, S. T. Wellinghoff, E. Baer, and J. L. Koenig, Macromolecules, 13, 826-834 (1980)
2) K. Iida, Y. Imamura, C. Liao, S. Nakamura G. Sawa Polymer Journal, 28,.4, 352-356 (1996)

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

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