今回はフッ素樹脂をご紹介します。フッ素樹脂の中で工業的に最も利用されるものはポリテトラフルオロエチレン (PTFE) です。PTFE は耐薬品性、耐熱性、撥水性など多くの特長を有しており、フライパンの表面コーティングなど様々な分野に利用されています。またPTFE はポリエチレンの水素が全てフッ素に置き換わった分子構造になっています。
今回は PTFE、PFA、PCTFE 等のフッ素樹脂について、FTIR による分類方法をご紹介します。
■PTFEのスペクトル
PTFE のスペクトルの判別は、単体であれば難しくありません。C-F 伸縮による強い吸収ピークが、1100 cm-1 付近に現れます。これより高波数側に主要なピークは見られません。これまでのエントリで出てきたプラスチックとは異なり、C-H, C-O, C=O, C-N 等の官能基が高分子の繰り返し単位の中に含まれていないからです。主要なグループ振動を図1にまとめました。
図1. PTFE の主要なグループ振動
PTFE の ATR スペクトルを図2に示します。
図2. PTFE の ATR スペクトル
スペクトルには 1200 - 1100 cm-1 に C-F 伸縮の強い吸収が2本見られます。また、700-500 cm-1 付近に C-F 変角の吸収もみられます。バンド形状も印象的で最も覚えやすいスペクトルだと思います。1400 cm-1 より高波数側には吸収がなさそうに見えますが、全く吸収が無いわけではなく、縦軸を拡大していくと 2367 cm-1 に CF 伸縮の倍音の吸収がわずかに見られます。
■PTFEの吸収ピークの帰属
PTFE の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。1,3-5)
1200 cm-1 : CF2 逆対称伸縮
1150 cm-1 : CF2 対称伸縮
640 cm-1 : CF2 面外変角(ワギング)
555 cm-1 : CF2 面内変角(はさみ)
505 cm-1 : CF2 面内変角(ロッキング)
ポリエチレンと同様、高分子の繰り返し単位が単純なので、バンド形状も単純になります。
■PFA
PTFE をベースに部分的にパーフルオロアルキル化したものが PFA(テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体)です。PTFE の持つ特性に加え、押出成形や射出成型などにより複雑な形状を大量生産できるため、薬品の容器や送液チューブとして使われます。フッ素樹脂の中では PTFE とともによく利用されるポリマーです。PTFE と PFA の ATR スペクトルを比較しました。
図3. PTFE(黒)/ PFA (赤) のATRスペクトル
PFA のスペクトルは PTFE と非常に似ていますが、注意深く見比べると PFA は 994 cm-1 付近に小さなピークを持っていることがわかります。このピークはパーフルオロアルコキシ基に由来するピークです。このピークの有無で PTFE と PFA を判別できます。さらにこのピークはパーフルオロアルコキシ基の鎖長によってピーク位置が変わります。994 cm-1 はパーフルオロプロポキシ基、つまり側鎖の炭素鎖が 3つのパーフルオロアルコキシ基によるものです。パーフルオロエトキシ基(炭素鎖が 2つ)の場合は 1090 cm-1 に, パーフルオロメトキシ基(炭素鎖が 1つ)の場合は 881 cm-1 に、それぞれ同程度の強度のピークが出現します。2) これらを元に、PFA をさらに細かく分類することが可能です。
■フッ素樹脂の結晶化度
PTFE や PFA など結晶性フッ素樹脂の結晶化度は、一般的に DSC や XRD で測定しますが、FTIR でも評価ができます。800~700 cm-1 のピークはフッ素樹脂中の非晶質(アモルファス)に由来するピークで、結晶性が低いとピークが大きくなることが知られています。788 cm-1 のピークを 2367 cm-1 の CF 伸縮の倍音のピークで割った値をアモルファスインデックス (Amorphous Index) と呼びます。さらにアモルファスインデックスの値が XRD から算出した結晶化度と相関があることが、1958年に R. E. Moynihan によって報告されています3)。Moynihan は PTFE 薄膜を透過法で測定していますが、参考までに以下に ATR 法で測定したアモルファスインデックスに関連するピークを示します。
図4. 結晶化度の異なる市販 PTFE の ATR スペクトル
結晶化度高(黒) / 結晶化度低(青)
図4 は、結晶化度の異なる市販の PTFE(PTFE ブロックと PTFE メンブレンフィルター)を測定し、関連する波数域で 2つのスペクトルを重ね書きしたものです。右図と左図では、縦軸の拡大倍率が異なりますのでご注意ください。左図は、CF 伸縮の倍音の波数域です。2367 cm-1 付近のピーク強度を規格化して示してあります。規格化後の 788 cm-1 付近の波数を右図に示しました。アモルファスピークの強度に差があります。黒線の PTFE ブロックの方がピークが小さいことから、測定した PTFE ブロックは PTFE メンブレンフィルターより結晶化度が高いことがわかります。
■PCTFE
PCTFE (ポリクロロトリフルオロエチレン)は、PTFE のフッ素の一部を塩素に置換した構造を持ちます。機械的強度、光学的性質に優れ、かつ低温における寸法安定性が高いため、化学薬品や医薬品の輸送バック、医療用器具・精密機械器具の包装フィルム等に使用されます。PTFE と PCTFE の ATR スペクトルを比較しました。
図4 に PTFE (黒) と PCTFE (赤)、の ATR スペクトルを並べました。
図4. ABS 樹脂のニトリル基(黒)/ ウレタン樹脂の残留イソシアネート基 (赤) / 二酸化炭素(青)
PTFE の特徴的な C-F 伸縮の吸収ピークに加えて、C-Cl に起因するピークが現れています。1)
1287 cm-1 : C-F 伸縮
965 cm-1 : C-Cl 伸縮
435 cm-1 : C-ClF ワギング
こちらも PTFE とやや似ていますが、965 cm-1 の C-Cl 伸縮のピークが非常に強いため、PTFE や PFA と容易に判別できます。
■まとめ
- PTFE は 1200 - 1100 cm-1 の 2 本の強い吸収が特徴的です。
- PFA は PTFE のピークに加えて側鎖のパーフルオロアルコキシ基由来のピークが 994 cm-1 に現れます。
- PCTFE は、PTFE のピークに加えて C-Cl 伸縮振動の強い吸収ピークが 965 cm-1 に現れます。
- 結晶性のフッ素樹脂は、778 cm-1 のアモルファスピークの強度を元に結晶化の度合いを求めることができます。
次回はポリイミド・ポリアミドイミドなどのイミド系樹脂にフォーカスしていきます。お楽しみに!
■異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂 ← Now!!
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸 (硫酸バリウム等)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
■参考文献
1) C. Y. Liang and S. Krimm J. Chem. Phys. 25, 563 (1956)
2) International Patent WO2015081055
3) R. E. Moynihan, J. Am. Chem. Soc. 81, 5, 1045 (1959)
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
4) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
5) 堀口博, 赤外吸光図説総覧
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