今回はシリコーン樹脂をご紹介します。シリコーン樹脂はシロキサン結合(Si-O)を主骨格に持つ物質です。代表的なシリコーンの繰り返し単位はジメチルシロキサンです。ジメチルシロキサンはシロキサン結合中のケイ素原子(シリコン)にメチル基が 2 つ付加した分子構造を持っています。シリコーン中のメチル基は、用途によってベンゼン環やビニル基、アルコキシ基などに置換されることもあり、様々なバリエーションがあります。メチル基以外の官能基に置換されたものは変性シリコーンとも呼ばれます。本エントリでは単純にポリジメチルシロキサンをシリコーンと呼ぶこととします。シリコーンの化学構造は以下の通りです。
シリコーンの繰り返し単位数を変えることで、(つまり、上図のnの数を増減することで)オイルから樹脂まで様々な物性の製品を作り出すことができます。
■シリコーンのスペクトル
シリコーンのスペクトルはそれほど複雑ではなく印象的なため、覚えやすいスペクトルの一つです。シロキサン結合由来の Si-O-Si 結合やメチル基の C-H 伸縮振動、C-H 変角振動などが検出されます。シリコーン樹脂の主要なグループ振動を図1にまとめました。
図1. シリコーンの主要なグループ振動
シリコーンのATRスペクトルを図2に示します。
図2. シリコーンのATRスペクトル
■シリコーンの吸収ピークの帰属
シリコーンの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。
2965 cm-1 : CH3 逆対称伸縮
2905 cm-1 : CH3 対称伸縮
1415 cm-1 : CH3 逆対称変角
1260 cm-1 : Si-CH3 対称変角
1010 cm-1 : Si-O-Si 逆対称伸縮
785 cm-1 : Si-C伸縮 / CH3 ロッキング
シリコーンの特徴は、1250, 1010, 785 cm-1 の 3 本の強い吸収ピークです。かつ 1010 cm-1 は高波数側にショルダーを持ちます。さらに、2965 cm-1 の CH3 逆対称伸縮の吸収が強く、逆にほとんどのポリマーに現れる 2920cm-1 付近のピーク(メチレン基 CH2 伸縮振動)を持っていません。
■シリコーンゴムとシリコーンオイル
シリコーンは、前述の通り分子量を増減させることで様々な物性の製品を作り出すことができます。工業用途で良く使用される製品はシリコーン樹脂、シリコーンゴム、シリコーンオイルなどです。シリコーン樹脂やシリコーンゴムは化学的安定性と人体への安全性が高いことから、日用品、食品調理具や医療分野まで身の回りで幅広く使われています。シリコーンオイルは潤滑用途や離型用途にスプレーとして使用されたりします。シリコーンゴムとシリコーンオイルのスペクトルを図3に示します。
図3. シリコーンゴム (黒) , シリコーンオイル(赤) , シリカ(青)のATRスペクトル
同じように見えますが、よく見るとシリコーンゴムは 460 cm-1 にピークが存在します。これはシリコーンゴムの物性を向上する目的で添加されたシリカ(二酸化ケイ素)によるものです。このように添加剤の有無の差をシリコーン系物質の手軽な判別手段として利用することもできます。
■粘着テープの剥離面
シリコーンのその他の利用例として、粘着テープの剥離面が挙げられます。シリコーンを分子レベルで見たとき、らせん構造を取ることが知られています。このときらせん構造の表面側には全てメチル基が露出した状態になります。そのため、他の物質に対する濡れ性が低く、接着しづらくなります。シリコーン剥離紙の剥離面をATR法で測定しました。図4に示します。
図4. 粘着テープ剥離面のATRスペクトル シリコーン層薄め (黒) ,厚め (青)
剥離紙は基材の上にシリコーン層が剥離層として塗布されており、少なくとも 2 層以上の層構成を有しています。汎用のシリコーンの厚みは剥離面の最表面からおよそ 1 µm 程度です1)。剥離面の ATR スペクトルはシリコーンのスペクトルにポリエチレンのスペクトルが重なっています。ATR 測定に使用したダイヤモンドクリスタルの特性上、赤外光がシリコーン層の下の基材層までもぐりこむため、シリコーンとポリエチレンのスペクトルが重なって検出されるのです。シリコーンの層が厚くなるほど基材からの吸収の寄与が小さくなるため、ポリエチレンの吸収強度が相対的に弱くなります。図 4 の黒線は剥離紙シリコーン層が薄いもの、赤線は厚いものです。シリコーンの吸収強度に対するポリエチレン由来の吸収ピーク (2920, 2850, 1470, 720 cm-1) の強度に着目すると、シリコーン層が厚い方がポリエチレンの吸収が弱くなっていることがわかります。
■まとめ
- シリコーンの特徴は、1250, 1010, 785 cm-1 の 3 本の強い吸収ピークです。1010 cm-1 のピークは高波数側にショルダーを持ちます。
- シリコーンへのシリカ添加は、430 cm-1 のピークで判別できます。
次回はフッ素樹脂に着目していきます。お楽しみに!
■異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂 ← Now!!
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸 (硫酸バリウム等)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
■参考文献
1) A. Takagi, Mterials Life, 12, 2, 71-74 (2000)
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
2) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
3) 堀口博, 赤外吸光図説総覧
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