異物スペクトルの解析⑫ ポリカーボネート | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析⑫ ポリカーボネート

今回はポリカーボネート (polycarbonate, PC) をご紹介します。ポリカーボネートはカーボネート基を含む樹脂です。

分子の両端に OH 基を持つモノマーとホスゲンを重合させることで得られます。もっとも代表的なモノマーはビスフェノール A で、一般的にポリカーボネートとはビスフェノール A タイプのポリカーボネートを指します。ポリカーボネートは高い耐衝撃性とアクリル樹脂に迫る高い透明度を兼ね備え、実験室用保護ゴーグルのレンズなどに使われます。ビスフェノール A タイプのポリカーボネートの化学構造は以下の通りです。

また、ポリカーボネートは ABS や PBT など他の様々なポリマーとアロイを形成します。本エントリではポリカーボネートのスペクトルに加え、ポリカーボネートの代表的なアロイをご紹介します。

 

■ポリカーボネートのスペクトル

ポリカーボネートはカーボネート基に加えベンゼン環やメチル基を有しており、スペクトルはやや複雑になります。ポリカーボネートの主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. ポリカーボネートの主要なグループ振動

 

ポリカーボネートの ATR スペクトルを図2に示します。ビスフェノール A タイプのポリカーボネートです。


図2. ポリカーボネートのATRスペクトル

 

■ポリカーボネートの吸収ピークの帰属

ポリカーボネートの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。

 3040 cm-1 : ベンゼン環 CH 伸縮
 2970 cm-1 : CH3 逆対称伸縮
 2875 cm-1 : CH3 対称伸縮
 1770 cm-1 : カーボネート C=O 伸縮
 1600 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮
 1500 cm-1 : ベンゼン環 環伸縮
 1465 cm-1 : CH3 逆対称変角
 1365 cm-1 : CH3 対称変角
 1210 cm-1 : カーボネート Φ-O-C 伸縮
 1190 cm-1 : p-置換ベンゼン環CH面内変角
 1160 cm-1 : カーボネート C-O 伸縮
 1015 cm-1 : p-置換ベンゼン環 環伸縮振動
  830 cm-1 : p-置換ベンゼン環 CH 面外変角(ワギング)
  553 cm-1 : p-置換ベンゼン環 C-H 面外変角

 

ポリカーボネートを定性するうえで押さえておきたいスペクトル上の特徴が 2つあります。1つ目はカーボネート基に由来する C=O 伸縮振動の吸収ピーク位置です。これまでのエントリでご紹介してきたエステル基を持つ物質(PETPMMA など) の C=O 伸縮振動の吸収ピークは 1725~1715 cm-1 付近にあらわれます。一方、ポリカーボネートの C=O 伸縮振動は 1770 cm-1 付近で、エステルの C=O 伸縮振動と比べて 50 cm-1 程度高波数側にシフトしています。2つめは 1330~1100 cm-1 付近に現れる 3本の強い C-O の吸収ピークです。これら 2つの特徴は、ポリカーボネートを識別する上でたいへん役に立ちます。

なお、ポリイミド樹脂 (PI) も 1770 cm-1 付近に C=O 伸縮の吸収ピークが現れます。また、ポリエーテルエーテルケトン樹脂 (PEEK) は、ポリカーボネートの 3本の C-O の吸収ピークとほぼ同じ波数位置に、同様に 3本の強い吸収ピークがあります。


図3.PC(黒)、PI(赤)、PEEK(青) のATRスペクトルの比較
左図:1770 cm-1 付近 右図:1200 cm-1 付近

 

ポリカーボネートを定性する際は上記の 2つの特徴の両方を確認することで、PI、PEEK、その他のポリマーと識別ができます。

 

■ポリカーボネートのポリマーアロイ

ポリカーボネートは様々な他のポリマーと混合され、ポリマーアロイを形成します。代表的な例は PC/ABS や PC/PBT などです。PC/ABS はポリカーボネートとアクリロニトリル-スチレン-ブタジエン樹脂とのアロイです。耐衝撃性と対候性に優れ、自動車の内装や電子部品などの分野で利用されます。PC/PBT はポリカーボネートとポリブチレンテレフタレートとのアロイで、ポリカーボネートの弱点である耐薬品性を補うために開発された、比較的新しい樹脂です。自動車用用途(ドアハンドル)や、保護ゴーグルに使用される他、3D プリンタ用のフィラメント(材料)としても使用されます。


図4. PC (黒) , PC/ABS(赤) , PC/PBT(青)のATRスペクトル

 

試料はいずれも市販品です。アロイ化するとピークの数が増えますのでスペクトルは複雑になりますが、前述した 2つの特徴は印象的で見つけやすいため、少なくともポリカーボネートが含まれていることは容易に推定できます。

 

■C=O 伸縮振動ピークの高波数シフト

前述の通り、ポリカーボネートの C=O は 1770 cm-1 に位置し、エステルの C=O より高波数側にシフトしています。なぜ C=O のピークはシフトするのでしょうか。

赤外分光学では、ある原子団の振動周期と吸収位置には関係性があり、振動周期が短くなると吸収位置が高波数側にシフトすることが知られています。原子団とは、複数の原子が結合して集まったものです。ケトン基(C=O)も、炭素原子と酸素原子が二重結合で結合されて集まった原子団です。2つの原子どうしの結合は、2つのおもりにばねがつながったような状況を想像するとわかりやすいと思います。そして、2原子からなる原子団の振動は、2つのおもりに繋がったばねの振動と似たような振る舞いをします。

さてこのばねの振動周期を早めるにはどのようにすればよいでしょうか。直感的にはおもりを軽くするか、ばねを強くするかのどちらかです。この考え方は原子団の振動にも適用できて、ピークが高波数シフトする要因として

① 原子が軽くなる
② 結合力が強くなる

のどちらかが必要となります。

C=O 伸縮振動のピークシフトを考える場合、上記のうち①の原子の重さは変化しないので関係がありません。一方で②の結合力の強さは、C=O の炭素原子の隣に結合する原子や原子団の影響を受けます。酸素原子が C=O の炭素原子に結合するとき、C=O の結合力が増します。

これは、酸素原子はカルボニル基上の炭素原子から電子を引き寄せる性質を持っていることに起因しています。この性質を有機化学の分野では “誘起効果“や Inductive effect、略して” I 効果“ などと呼びます。酸素原子は炭素原子より電気陰性度が高いため、隣に結合した炭素原子から電子を引き寄せる性質を持っています。

電子を奪われたカルボニル基の炭素原子の電荷は+側に偏ります。一方でカルボニル基上の酸素の電荷は-側に偏っていますので、C=O の結合力が増すというわけです1)

つまり、結合力が増すことで原子団の振動周期が短くなり、ピークが高波数シフトします。

実際に、C=O 伸縮振動を持ついくつかの低分子化合物で C=O 伸縮の高波数シフトを確認してみました。


図5. アセトン(黒)/ 酢酸メチル (赤) /ジメチルカーボネート (青)のATRスペクトル

 

アルキル基と結合したケトン(C=O)に対して酸素の結合が 1つ増えると、エステルとなります。エステルを持つ酢酸メチルの C=O 伸縮振動はケトンより高波数側にシフトします。さらにもう一つ酸素の結合が増えるとカーボネートとなります。カーボネートの C=O はさらに高波数側にシフトしていることがわかります。

なお、誘起効果以外にもメソメリー効果、結合角効果、溶媒など周囲の物質との相互作用などが C=O のピークをシフトさせる現象として知られていますが、長くなるのでまたの機会にお伝えします1)
手をつなぐ相手の変化に応じて、周囲の環境の変化に応じて自分もまた変わる。なんだか人生の縮図のようですね。

 

■まとめ

  • ポリカーボネートは、1770 cm-1 付近の C=O 伸縮と 1300-1100 cm-1 付近の 3本の吸収が特徴的です。
  • ポリカーボネートの代表的なポリマーアロイは PC/ABS と PC/PBT です。
  • カーボネート基の C=O 伸縮がケトン基やエステル基の C=O 伸縮より高波数シフトしているのは、酸素原子による誘起効果のためです。

 

次回はシリコーン樹脂に着目していきます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

有機物か?無機物か? 
ポリエチレン
ポリプロピレン
スチレン系樹脂
ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
アクリル樹脂
ポリエステル
ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
セルロース
ニトリル系樹脂
ウレタン樹脂
ポリカーボネート ← Now!!
シリコーン樹脂
フッ素樹脂
イミド系樹脂
エポキシ樹脂
エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
ポリアセタール(POM)
芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
無機酸化物(シリカ, ガラス)
無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(チタニア, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (CaCO3)v1, v2, v3, v4
㉗ 無機硫酸  (BaSO4, MgSO4)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
1) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
2) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

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