異物スペクトルの解析⑨ セルロース | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析⑨ セルロース

今回はセルロースをご紹介します。セルロースは植物を構成する主要な有機物で、前回のエントリでご紹介したタンパク質とともに異物分析で遭遇する可能性の高い物質です。セルロースは以下のような β-グルコース を原料とする天然の高分子です。β-グルコースは酸素 1 つと炭素 5 つからなる六員環に、ヒドロキシ基( -OH)とメチロール基( - CH2 - OH ) が付加した構造の糖類です。構造式はこのようになります。

この β-グルコースが両隣の β-グルコースと脱水縮合を繰り返して高分子化したものがセルロースです。セルロースの構造式は、

このようになります。 グルコース同士の脱水縮合によってできるエーテル結合(C-O-C)には“グリコシド結合”という特別な名前が付けられています。また、β-グルコース由来の環状構造をグルコース環と呼びます。
セルロースの構造式をよく見てみると、繰り返し単位中にグルコース環が 2 つあることがわかります。繰り返し単位中の右側のグルコース環は、左側のグルコース環の向きを上下さかさまにしたものです。2 回繰り返している理由は、右側のグルコース環がさかさまになっていないパターンの物質である “デンプン” が存在し、両者を互いに区別するためです。

セルロースとデンプンは別の物質であり、両者の IR スペクトルも異なります。デンプンは今回のエントリの範疇を超えるので、回を改めて書いていきます。

さて前置きが長くなりましたが、異物分析でセルロースというと、綿などのセルロース繊維や、紙が思い浮かびます。
まずは、植物からセルロース以外の不純物を化学的に取り除いた、純粋なセルロースについてご紹介していきます。その後、綿や紙などに触れそれらのスペクトルの違いについてご紹介します。

 

■セルロースのスペクトル

セルロースのスペクトルは、エーテル結合あるいはヒドロキシ基由来の C-O 伸縮振動や O-H 伸縮振動が主要なピークとして現れます。一方で C-H 伸縮振動は、分子内に C-H 結合が少ないためあまり強くありません。主要なグループ振動を図1にまとめました。


図1. セルロースの主要なグループ振動

 

セルロースのATRスペクトルを図2に示します。


図2. セルロースのATRスペクトル

 

■セルロースの吸収ピークの帰属

セルロースの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します。

 3300 cm-1 : ヒドロキシ基O-H伸縮
 2900 cm-1 : C-H伸縮
 1430 cm-1 : メチレン基C-H対称変角 (はさみ)
 1315 cm-1 : C-H変角
 1160 cm-1 : グリコシド結合 C-O-C非対称伸縮
 1110 cm-1 : グルコース環伸縮
 1055 cm-1 : C-O伸縮※
 1030 cm-1 : C-O 伸縮※
  660 cm-1 : C-OH 面外変角
  555 cm-1 : C-O 伸縮

※主にC-C, C-OH, C-H 等グルコース環に由来する振動

セルロースは、3300 cm-1 付近の OH 基のピークと、1200-800 cm-1 付近のグルコース環やグリコシド結合が重なりあったバンドが特徴です。

 

■綿由来の繊維 コットン・レーヨン・キュプラ

綿の繊維は作業着や衣類からの発塵物として、異物分析で頻繁に見かけます。綿は構成する成分の 9 割がセルロースなので、綿を測定すると純粋なセルロースに近い形状のスペクトルとなります。


図3. 綿(黒)/ レーヨン (赤) / キュプラ (青) のATRスペクトル

 

綿はセルロースのスペクトルとほぼ同じです。レーヨンとキュプラは、O-H 伸縮振動のピークがブロードに広がっており、1200 – 1000 cm-1 のピークのいくつかが小さくなっています。綿と再生繊維の区別は IR で可能です。レーヨンとキュプラはほぼ同じスペクトルですので、判別は慎重に行う必要があります。この 2 つは繊維の断面形状が異なるので、顕微鏡観察を併用して断面形状を確認した方が早く答えにたどり着けるでしょう。

 

■紙類 パルプ・キムワイプ・OA用紙

紙類も主成分がセルロースであり、かつ異物分析では大変多く検出されます。代表的な紙のスペクトルをいくつかご紹介します。紙の原料となるパルプ、パルプから製造された製品であるキムワイプ、OA 機器メーカー純正のコピー機用リサイクル用紙を見てみましょう。


図4.パルプ(黒) / キムワイプ(赤) / コピー機用リサイクル用紙 (青) のATRスペクトル

 

いずれのスペクトルもセルロースの特徴が良く表れており、一見するとこの 3 本は同じスペクトルに見えます。しかし、注意深く見てみると綿と紙類ではスペクトルに違いがあることがわかります。

綿と紙の違い1 : リグニン

紙と綿の構成成分で異なる点の一つとして、リグニンの含有量が挙げられます。綿はほとんどリグニンを含んでいませんが、パルプはリグニンを多く含みますのでリグニン由来のピークが検出されます。リグニンの C-H 変角振動のピークが 813 cm-1 に現れますので、ここに着目すると良いでしょう。図5 左のパルプ(黒)とキムワイプ(赤)は、いずれもリグニンのピークが検出されています。
 一方で、紙の耐久性を向上するため、化学的にリグニンを除去した紙もあります。例えば、図5 左のリサイクル用紙(青)です。従って、FTIR のマクロ測定において “リグニンが検出されれば綿ではない” とは言えますが、 “リグニンが検出されなければ紙である” とは言い切れない点は注意が必要です。

綿と紙の違い2 : 炭酸カルシウム

セルロースを紙として使用する場合、炭酸カルシウムなどの添加剤を入れて品質を向上することがあります。そのため、紙のスペクトルから炭酸カルシウムが検出されることがしばしばあります。炭酸カルシウムは 872 cm-1 に炭酸イオンのピークが現れます。図5 左のリサイクル用紙(青)から炭酸カルシウムの存在がわかります。綿か紙か判断に迷った場合に、炭酸カルシウムのピークも併せて参考にするとよいでしょう。


図5.セルロース由来試料のリグニン・炭酸カルシウムの含有 1000 – 900 cm-1 拡大

 

リグニンの場合と同様に、 “炭酸カルシウムが検出されれば綿ではない” とは言えますが、 “炭酸カルシウムが検出されなければ紙である”とは言い切れない点は注意が必要です。

 

■木材 スギ・ヒノキ・マツ

紙の原料である木材のスペクトルはどうでしょうか。国内に多く植生している木材のスペクトルを掲載します。


図6.木材板 スギ(黒) / ヒノキ(赤) / マツ(青) のATRスペクトル

 

スペクトルを見ると、セルロースが主要成分であり、リグニンのピークも確認することができます。マツは、スギ、ヒノキと比べて C-H 伸縮振動、C=O 伸縮振動が強く出ていることから、脂質の成分を多く含むことがわかります。

 

■まとめ

  • セルロースは、3300 cm-1 付近の OH 基のピークと、1200-800 cm-1 付近のグルコース環やグリコシド結合が重なりあったバンドが特徴です。
  • 813 cm-1 のリグニンのピークや、879 cm-1 の炭酸カルシウムのピークは、綿か紙かを分類する上で役に立ちます。

次回はニトリル系樹脂に着目していきます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

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⑭ フッ素系樹脂
⑮ イミド系樹脂
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⑰ 液晶ポリマー
⑱ 無機粒子(酸化物)
⑲ 無機粒子(炭酸/硫酸)
⑳ 無機粒子(OH)

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

1) Fan, M., Dai, D., & Huang, B. (2012). Fourier Transform Infrared Spectroscopy for Natural Fibres. In (Ed.), Fourier Transform - Materials Analysis. IntechOpen.

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
3) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
4) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

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