異物スペクトルの解析⑥ アクリル樹脂 | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析⑥ アクリル樹脂

今回はアクリル樹脂を紹介します。アクリル樹脂は、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)や、ポリアクリル酸メチル(PMA)などが代表的で、特に PMMA は透明度が高い事からポリカーボネートともにプラスチック製のレンズなどに使われています。

 この“アクリル”という言葉は、場合によって異なる物質のことを指すため、注意が必要です。今回ご紹介するアクリル樹脂は、ポリエチレンの繰り返し構造の側鎖に、カルボン酸エステル( -COO- )を有するポリマーです。しかし、同じアクリルという名前でも “アクリル繊維“と呼ばれる物質は、ポリエチレンの繰り返し構造のニトリル基 ( -C≡N )持ち、両者は異なる物質です。

 これは、“アクリル”という言葉が高分子の原料となるモノマーに由来していることと関係しています。“アクリル酸、またはアクリル酸から派生した“ モノマーを高分子化した物質の通称としてアクリル〇〇という言葉が使われている、というわけです。ややこしいですね。


図1. アクリル樹脂とアクリル繊維の名称の由来

 

今回は、アクリル樹脂、特に PMMA についてお話しします。 アクリル繊維 (ポリアクリロニトリル) については、ニトリル系樹脂の回でお話しします。

 

■PMMAのスペクトル

PMMA はメチレン、メチル基のピークにくわえて、カルボン酸エステルに関係するピーク、例えば C-O や C=O などが現れます。主要なピークは、図2のとおりです。


図2. PMMAの主要なグループ振動

 

PMMAのATRスペクトルを図3に示しました。


図3. PMMAのATRスペクトル

 

■PMMAの吸収ピークの帰属

PMMAの代表的なピークの帰属を示します。

 2990 cm-1 : CH3 非対称伸縮
 2950 cm-1 : CH3 対称伸縮
 1725 cm-1 : エステル C=O 伸縮
 1435 cm-1 : CH2 面内変角 (はさみ)
 1145 cm-1 : エステル C-O 伸縮
  750 cm-1 : CH2 面内変角 (横揺れ)

まず特徴的なのは、1725 cm-1 の強い C=O 伸縮振動の吸収ピークです。かつ、1145 cm-1 付近に C-O 伸縮振動の吸収ピークも現れます。これらはカルボン酸エステルに由来するピークです。

 ① 3000~2800 cm-1 付近に C-H の吸収ピークがある。
 ② ベンゼン環に起因する吸収ピークを持たない。
 ③ 1725 cm-1、1145 cm-1 付近にそれぞれ強い吸収ピークがある。
 ④ 2500~1800 cm-1 の領域に吸収ピークを持たない。

これらを満たすポリマーは、アクリル樹脂と言えます。

 

■さまざまなエステル系の化合物

PMMA 以外にもカルボン酸エステルをもつ物質は多くあります。例えばテープの粘着剤として使われるアクリル系粘着剤はアクリル樹脂の 1 種で、PMMA のスペクトルとよく似ています。また、前回のエントリで触れた塩ビ樹脂の可塑剤もカルボン酸エステルを持つ化合物です。特にアジピン酸エステル系の可塑剤は、PMMA とピークの出現位置が近いので、間違えてしまうことがあります。図4にこれらのスペクトルを示します。


図4.エステル系化合物のATRスペクトル
PMMA(黒)/ アクリル系粘着剤 (赤) / アジピン酸オクチル(青)

ぱっと見たときの印象は、互いによく似ていますね。いずれのスペクトルも 1725 cm-1 付近と 1145 cm-1 付近に強い吸収ピークを有し、カルボン酸エステルを有していることがわかります。PMMA は、3000 – 2700 cm-1 付近の C-H のバンドに着目したとき、2950 cm-1 とともに 3000 cm-1 付近にも吸収ピークが見られることが特徴です。

 

■まとめ

  • “アクリル”という言葉は、場合によって異なる物質のことを指すため、注意が必要です。
  • PMMA は、1725 cm-1 に C=O、かつ 1145 cm-1 付近に C-O の吸収ピークが現れます。カルボン酸エステルに由来するピークです。
  • アクリル系粘着剤や軟質塩ビ樹脂も似たようなスペクトルになりますので、間違わないようにしましょう。

エステルについて触れましたので、次回はいよいよ PET などのポリエステルについて書きます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

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無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(チタニア, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩
㉗ 無機硫酸
㉘ 塩砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
1) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
2) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

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