異物スペクトルの解析② ポリエチレン | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析② ポリエチレン

前回のエントリでは、3100~2700 cm-1 の C-H の吸収ピークに着目して有機物を判別しました。有機物の中でも炭化水素系のポリマーは、この領域に強い吸収ピークを持ちます。炭化水素は、さらに脂肪族炭化水素と芳香族炭化水素に分類されます。まずは脂肪族炭化水素の代表であるポリエチレンを取り上げます。

ポリエチレンの分子構造は、

であり、メチレン基 ― CH2 ― が繰り返される単純な構造のポリマーです。そのため、ピークの数が少なく、最も定性しやすいポリマーの一つです。スペクトルを読む練習をする際は、はじめにポリエチレンのスペクトルを覚るとよいでしょう。

 

■ポリエチレンのグループ振動とスペクトル

グループ振動表のうち、ポリエチレンと関係あるものをピックアップしました。ポリエチレンは主にメチレン基のC-Hの振動が吸収ピークとして現れます。


図1. ポリエチレンの主要なグループ振動

 

ポリエチレンのATRスペクトルを図2に示しました。単純な吸収スペクトルで、主要な吸収ピークは 4本です。


図2. ポリエチレンのATRスペクトル

 

■ポリエチレンの吸収ピークの帰属

ポリエチレンの主要な 4本の吸収ピークの波数位置と帰属は以下の通りです。

 2915 cm-1 :CH2 逆対称伸縮
 2850 cm-1 :CH2 対称伸縮
 1465 cm-1 :CH2 面内変角(はさみ)
  720 cm-1 :CH2 面内変角(横揺れ)

これらの主要なピークはメチレン基に基づくピークになります。

このように、該当する波数域にピークが “ある” ことはもちろん重要なのですが、逆にピークが “ない” ことも、あることと同様に重要です。
例えば、脂肪族炭化水素であれば O-H や N-H、C=O、C≡N 等に由来するピークは出現しないので、4000~3100 cm-1 と 2500~1500 cm-1 の領域に吸収ピークは現れないはずです。

この領域に主要なピークがないポリマーは、脂肪族炭化水素系、フッ素系樹脂、シリコーン樹脂、ポリアセタールに限られます。これらのうち、フッ素系樹脂、シリコーン樹脂、ポリアセタールは 1500~400 cm-1 の領域に最も強い吸収ピークを示します。

つまり、
① 3100~2700 cm-1 の領域に、スペクトルの中で最も強い吸収ピークがある。
② 4000~3100 cm-1 と 2500~1500 cm-1 の領域に吸収ピークがない。
これら 2 つの条件を満たすポリマーは、脂肪族炭化水素系のポリマーであると言えます。

 

■ポリエチレンの種類 HDPEとLDPE

ポリエチレンはさらに高密度ポリエチレン (HDPE) と低密度ポリエチレン (LDPE) に分類されます。HDPE と LDPE では密度が異なります。これはポリマー主鎖の分岐の程度が異なることに由来します。HDPE は長い直鎖状で分岐が少ないため、結晶化率が高くなり、密度が高まります。対して LDPE は側鎖が多く、多数の分岐があるため、結晶化度が低くなり、密度が低下します。


図3.LDPE(黒) と HDPE(赤) の ATR スペクトル

 

LDPE と HDPE のスペクトルは一見同じようにも見えますが、よく見ると 1370 cm-1 付近の吸収ピーク強度が異なり、LDPE の方が大きくなります。この吸収ピークは側鎖末端のメチル基に基づいています。

また、1465 cm-1 の C-H 面内変角(はさみ)と 720 cm-1 の C-H 面内変角(横揺れ)は、結晶化によりピークが 2 本に分裂します。これは、結晶化したポリエチレンの格子内で、変角振動が 2 つの振動の方向を (正確には、双極子モーメントを) 取りうることに由来しています。このうち片方の振動モードは隣り合う高分子鎖の水素が接近しています。そのため、余分な水素-水素間の反発が協調的な復元力となって 10 cm-1 高波数側にシフトするのです。1)
このようにメチル基由来の偏角振動の強度とピークの分裂の度合いによって HDPE と LDPE を判別することができます。


図4.LDPE(黒) と HDPE(赤) の見分け方

 

■実際にあった分析例

実際の分析ではポリマー以外の物質が検出されることもあります。市販のポリエチレン袋 (ユニパック/セイニチ社製)を測定しました。
ポリエチレンのピークに加えて、純粋なポリエチレンには存在しない波数域、3400 cm-1, 3200 cm-1, 1640 cm-1 に小さなピーク (●で示した箇所) が確認できます。


図5. ユニパックのスペクトル

 

これらの小さなピークはポリマー中の滑剤(脂肪酸アミド)によるものです。滑剤を分析するには、クリスタル転写物を分析する方法が有効です。


図6.ダイヤモンドクリスタルに転写した滑剤(脂肪酸アミド)のスペクトル

 

ATRクリスタルへ滑剤を転写したことで、滑剤が感度良く検出できていることがわかります。

 

■まとめ

  • ポリエチレンのスペクトルパターンは単純ですので、代表的なピークの波数位置とともに覚えておきましょう。
  • 結晶化によるピークの分裂やメチル基のピーク強度から、HDPE と LDPE を判別できます。

 

次回はポリエチレンとならんで生産量の多いポリマーであるポリプロピレンに焦点を当てます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

有機物か?無機物か?
ポリエチレン ← Now!!
ポリプロピレン
スチレン系樹脂
ポリ塩化ビニル(塩ビ樹脂)
アクリル樹脂
ポリエステル
ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
セルロース
ニトリル系樹脂
ウレタン樹脂
ポリカーボネート
シリコーン樹脂
フッ素樹脂
イミド系樹脂
エポキシ樹脂
エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
ポリアセタール(POM)
芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
無機酸化物(シリカ, ガラス)
無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(チタニア, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (CaCO3)v1, v2, v3, v4
㉗ 無機硫酸  (BaSO4, MgSO4)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
1) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
2) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

<< Prev
異物スペクトルの解析① 有機物か?無機物か?

Next >>
異物スペクトルの解析③ ポリプロピレン