今回紹介するデータは、ある意味 ICP 発光の弱点を示すものです。分析装置を販売する側としては紹介したくないデータかもしれません(なんでも測定できるって言いたいし、ポジティブな宣伝をしたい)。アキシャル測光 (軸方向測光) でカリウム (K) やナトリウム (Na) を測定している方は是非見ていただきたいデータです。カリウムを ICP でまともにアキシャル測定できないというデータを示しますが、もちろん対策も紹介します。
今回紹介する手法は、オンラインセシウム (Cs) 添加法による測定です。Cs 添加はイオン化抑制のために実施します。伝統的(?)な手法ですが、最近では実施している人は少ないと思います。今だからこそ、果たして効果的な手法なのか実際に検証してみました。
オンライン添加であれば、今ある標準液系列とサンプルをそのまま使えます。追加添加の調製作業は不要です。使った道具は、N0774068 オンライン内標準添加キットです。
内標準を添加するために利用しているものですが、今回は Cs 添加に使います。
まずは、カリウムの検量線(0, 1~10 mg/L)をアキシャルで測定してみました。下記図は、オンラインで Cs を添加したもの(右)と、添加していないもの(左)を並べています。Cs を添加していないと直線性が悪く凹形状の曲線となります。これは主に自身の K 濃度が高くなることでイオン化干渉が発生してしまっていることに起因していると考えられます(曲線になる濃度域は導入量によっても異なります)。一方、Cs を添加すると、10 mg/Lでも直線性を保つ結果となりました。
スペクトルを見てみると、発光強度は Cs 1000 mg/L オンライン添加時に K 1 mg/L 時に約 160% 増加しています(なお、Cs 由来の K コンタミは無視できるくらい小さい)。K のイオン化が抑制され中性原子線の発光強度が上がったものと考えられます。感度も上がって、直線性(≒定量精度)も上がって良いことばかりです。
一方、ラジアルを見てみると、K 100 mg/L であっても Cs 添加有無比較で強度はほぼ変化なしでした。これは Avio 500 のラジアル測光の優秀さを示す結果とも言えます。
しかし、添加する Cs に目的元素が含まれていると、微量域の測定は難しくなってきますので注意が必要です。今回使った PerkinElmer の Cs 10,000 mg/L(N9304308 Pure Grade, 500 mL)を 10 倍希釈し 1,000 mg/L をオンライン添加したときの定性結果を紹介します(超純水と、超純水+ Cs オンライン添加の比較)。第17回: 定性分析をどうやるか(2018/12/14)も参考に。意外とクリーンでした。検出されたのは、わずかな Na,K くらいでした。Cs 10,000 mg/L 標準液購入時に付属してくる Certificate of Analysis を見ても不純物は少ないことが確認できます。N9304307 Pure Plus Grade 125 mL という商品もあります。
では、最後に、アキシャルでどこまで直線性を保てるのか?気になりますよね。結果としては 100 mg/L 直線でした。これはオンライン添加する Cs 濃度にも依存すると予想されます。
もちろん、他のマトリックスが入ってきた場合、Cs オンライン添加濃度を上げないと、この効果は薄れてしまうと予想されますので、実際の分析においては、マトリックス濃度をキャンセルできるくらいの Cs 添加濃度を試す必要があります。
オンライン内標準添加キット (N0774068) と Cs 10,000 mg/L 標準液 (N9304308)、意外と使えますね。ラジアル測光とこの Cs 添加を組み合わせれば、かなりの耐マトリックス性のある測定ができそうです。イオン化抑制剤の効果を見直すきっかけになったでしょうか。
そういえば、中性原子線とイオン線の違いについては記事にしたことがなかったですね。機会があれば、同じ元素であっても挙動の違いがあることを紹介したいと思います。
下記の記事も合わせて読んでいただけると、参考になると思います。
第2回: イオン化干渉との戦いの日々(2016/5/10)
第10回: ラジアル観測高さの最適位置とは?~発光強度の違いから考察してみた~(2016/12/19)
第12回: ナトリウムとカリウムをICP発光で定量できていますか?(2017/5/8)
第15回: 検量線の範囲や測定点数に決まりはあるのか? (2018/3/15)
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