多成分検索機能で混合物分析 | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

多成分検索機能で混合物分析

異物の定性分析で、測定したスペクトルを検索しても妥当な物質がヒットリストに出てこない。
という状況によく遭遇します。このようなケースでは異物が混合物である可能性があります。これまでのエントリ(第12回第13回) で、検索結果から主な物質を特定した後、差スペクトル法で特定する方法をご紹介してきました。

このような差スペクトルによる解析法は、様々な物質の化学構造とそのスペクトルのパターンをよく知っている経験豊富な方ほど好む傾向にあると感じます。化学的な知識に基づいた方法なので、定性を判断した理由を明確に説明できるからです。

そのような経験豊富な分析者は様々なスペクトルの「既視感」がイメージできていますので、ある異物のスペクトルを見たとき、それが単一の物質ではなく混合物であることや、ある特定の成分のスペクトルが含まれていることに気付くことができるのです。

では既視感がイメージできていないと混合物の解析はできないのか?というと、そんなことはありません。

マルチサーチ(多成分検索)という便利な方法があります。

 

■マルチサーチとは

マルチサーチは、これまでにご紹介してきた単―成分の検索(単検索)のアルゴリズムを多成分に対応するように拡張したものです。未知スペクトルに対してマルチサーチを実行すると、まず未知スペクトルと近い標準スペクトルがライブラリ中から複数抽出されます。続いて未知スペクトルに対して最もよくフィッティングするような標準スペクトルの比率が求められます。フィッティングしたスペクトルは Spectrum IR ソフトウェア上では適合スペクトルと表示されます。最後に未知スペクトルと適合スペクトルの検索スコア(=相関係数)が計算され、スコアが高い順にヒットリストに表示されます。

マルチサーチは最大で 10 成分の検索が可能で、特定のスペクトルを必ず含めるオプションや、逆に特定のスペクトルを検索から外すオプションを選択することもできます。

 

■市販ライブラリで混合物検索

以前のエントリで登場した可塑剤の付着した紙を使い、市販ライブラリに対してマルチサーチを実行しました。


図1 可塑剤の付着した紙(黒)と、マルチサーチ結果の適合スペクトル(赤)検索スコア:0.98

 

結果、検索スコアは 0.98 でした。以前のエントリで実行した単検索の検索スコアは 0.93 でしたので、マルチサーチによりスコアが大きく向上していることがわかります。

マルチサーチ結果の成分タブをクリックすると、適合スペクトルがライブラリ中のどの標準スペクトルから構成されているかがわかります。


図2 適合スペクトルの成分

 

主成分のセルロース(青)は正しく検索されていますが、第 2 成分の可塑剤は正しく検索されておらず、関係のない物質がヒットしています。可塑剤はヒットリストの TOP30 の中に入っていませんでした。 

 

■なぜ検索スコアが下がるの?

市販ライブラリに対して多成分検索を実行したことが理由の一つに挙げられます。混合物中のある一つの成分のスペクトルと、その成分のライブラリ中のリファレンススペクトルに微妙な違いがあると、その誤差が残りの成分の検索結果に影響します。そうして、先ほどの例のように混合物の中に入ってない別の物質を成分として選択した方が検索スコアが高くなる、ということが起こります。

ではどうすればよいのでしょうか。マルチサーチでは検索対象をユーザーライブラリに限定すると、良好な結果が得られます。

 

■ユーザーライブラリでマルチサーチ

①可逆剤の付着した紙

可塑剤の付着した紙をユーザーライブラリで検索しました。ユーザーライブラリには異物の原材料である紙と可塑剤のスペクトルを事前に追加しました。ライブラリへのスペクトル追加方法は、前回のエントリをご覧ください。


図3.可塑剤の付着した紙(黒)のマルチサーチ結果 適合スペクトル(赤) セルロース(青) 可塑剤(緑)

 

結果、適合スペクトルは可塑剤の付着した紙と非常に高い一致を示しています。検索スコアは 0.98 でした。可塑剤も成分としてヒットしています。

 

②医薬品

3 成分以上の場合も同じ要領で解析できます。より複雑なスペクトルを選んでテストしました。

アスピリン、アセトアミノフェン、カフェインの 3 種類の医薬品と、それらをある割合で調合した混合サンプルの併せて 4 つのサンプルを準備し、それぞれ ATR 法で測定しました。先ほど使用したユーザーライブラリに、3 種類の医薬品を追加しました。
このライブラリに対して、まず混合サンプルの単検索を行いました。


図4.混合サンプル(黒)の単検索結果とヒットリスト最上位のアスピリン(緑)

 

結果、アスピリンが最上位にヒットし、検索スコアは 0.9 でした。混合サンプルをよく見るとアスピリンとは異なるピークが存在することがわかります。

 

次にマルチサーチの結果です。ここではスペクトルを吸光度で示しています。


図5.混合サンプル(黒)のマルチサーチ結果と適合スペクトル(緑) 検索スコア:0.98

 

適合スペクトルは検索スコア 0.98 で、全てのピークの波数位置が混合サンプルのピークと非常に良い一致を示しています。次に成分を見ていきます。


図6.適合スペクトルの成分 アスピリン(赤)、アセトアミノフェン(黒)、カフェイン(緑)

 

アスピリン、アセトアミノフェン、カフェインの3成分が正しく検索されています。

マルチサーチの結果を示すヒットリストでは、成分の記述とともに各成分の比率がレベル(%)として表示されます。混合物の各成分の比率はおおよそ 7:2:1 の割合でした。

スコア レベル(%) 記述
0.98 67.0 ASPIRIN (ACETYLSALICYLIC ACID)
23.5 ACETAMINOPHEN
9.5 CAFFEINE

 

■まとめ

  • マルチサーチはユーザーライブラリに限定して使用することで、その真価を発揮します。
  • 成分名だけでなく、おおよその成分比がわかりますので、半定量分析法として活用することもできます。

なお Spectrum IR ソフトウェアのバージョンによってはマルチサーチが実行できないものもあります。詳しくは弊社窓口へお問い合わせください。

次回はマルチサーチを使った半定量分析について、もう少し踏み込んで書く予定です。どうぞお楽しみに!

 

☆以下のエントリも参考になりますので、併せてご覧ください☆

 

 

<< Prev
ライブラリの活用方法

Next >>
多成分検索の応用 半定量分析