更新日: 2025/4/14
今回は無機物シリーズの発展系で、岩石と砂を取り上げます。
砂は岩石が浸食作用によって砕かれて 2 mm ~ 0.0625 mm の大きさまで小さくなった微粒子です。岩石も砂も、極めて多様であるため、そのすべての IR スペクトルを取り上げるのは困難です。今回例として挙げるスペクトルは、自然界に多数存在する砂の種類の中のごく一部の代表的な例です。また、様々な無機元素からなる砂を単体で分析する場合、EDX や蛍光 X 線などの無機分析が向くのは明らかです。それでも砂のスペクトルパターンの傾向がわかっていれば、多くの異物分析で見られるように、砂が他の有機物との混合物として存在した場合、混合物の解析に有用と考えて、今回テーマとして取り上げました。
本題の砂の前に、まず砂の原料である岩石について触れます。岩石は火成岩、堆積岩、変成岩に分類され、日本で最も多いのは火成岩、次いで堆積岩です。これらの岩石の IR スペクトルを俯瞰することで、砂の IR スペクトルの傾向を知ることができます。
なお今回のスペクトルに使用した試料は、東京サイエンス社が販売している岩石標本を入手し、こちらの方法で測定しました。
代表的な火成岩のスペクトル
はじめに、火成岩を取り上げます。火成岩は、ケイ酸(SiO2)の含有量と、冷え方(=結晶性)によってさらにいくつかに分類されます。代表的な火成岩は、花崗岩、安山岩、玄武岩です。ほかにも流紋岩やはんれい岩なども、中学校で習いますので、聞いたことがあるかもしれません。
これらの火成岩は、火山活動が活発な日本でよく見られます。火成岩の主要なグループ振動を図1に示します。

図1. 火成岩の主要なグループ振動
花崗岩、安山岩、玄武岩の ATR スペクトルを図2に示します。

図2. 花崗岩(黒)、安山岩(赤)、玄武岩(青)の ATR スペクトル
主にシリカを主成分とした混合物になっていることがわかります。
代表的な火成岩の吸収ピークの帰属
花崗岩、安山岩、玄武岩の特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します1,2) 。
1100~900 cm-1 : 主にSiO4 S-O 逆対称伸縮
800~700 cm-1 : 主にSiO4 S-O 対称伸縮
花崗岩はケイ酸が多く、地下でゆっくり冷えて固まってできたため、結晶質です。そのため、結晶性シリカのスペクトルパターンに近くなります。安山岩は、ケイ酸の割合が花崗岩より少なく、噴火によって急速に冷えて固まったため、ガラス質です。玄武岩はケイ酸の割合が安山岩よりさらに少なく、ガラス質です。それぞれのスペクトルパターンをみると、それらの様子がよくわかります。
花崗岩は 1060 cm-1 付近に現れる非常に強い吸収と、750 cm-1 に現れるブロードな吸収バンドが特徴的です。安山岩と玄武岩は、花崗岩より 900 cm-1 付近のショルダーの吸収が強くなっています。ショルダーの吸収は、ガラス化したシリカ中の Si-O 伸縮振動によるものと考えられます。また、640、578、538 cm-1 に岩石に特徴的な無機化合物の吸収バンドがみられますが、岩石の種類によってバンドの強度は異なります。
このように、火成岩だけ取り上げても岩石にはさまざまなスペクトルパターンが存在することがよくわかります。
代表的な堆積岩のスペクトル
堆積岩は河川や海洋で堆積した砂などが固まってできた岩石で、平野部や河川沿いに多く分布しています。人の営みや産業活動はこれらの地域に集中していることから、異物として混入する確率は火成岩よりも堆積岩の方が高いかもしれません。堆積岩は、岩石が砕かれて小さくなった微粒子が固まってできた岩で、おもに微粒子の大きさで分類されていますので、堆積岩には明確な化学組成の分類はありません。堆積岩が形成された地域の岩石の種類や比率が反映されるため、堆積岩のスペクトルのパターンも非常に多様であると考えられます。とはいえ日本列島は複数のプレートの上に火山活動によって形成された島ですので、化学組成としては上記のような日本でよくみられる火成岩の成分が多く含まれていると考えられます。
泥岩、砂岩、礫岩のスペクトルを示します。

図4. 泥岩 (黒) /砂岩(赤)/礫岩(青)のATRスペクトル
堆積岩は、様々な岩石が混合しているので、スペクトルのパターンも平均に回帰して似たようなスペクトルになっているためと考えられます。ただし、地域が異なると平均的なスペクトルも異なると考えられますので、あくまで一例です。
次に砂のスペクトルを示します。公園の砂場に使用される砂のスペクトルを測定しました。

図5. 砂場の砂 (黒), 閃緑岩(赤), 花崗岩(青), 砂岩(ピンク)の ATR スペクトル
これまで測定した岩石の標準スペクトルと比較しました。今回測定した砂のスペクトルは、1000 cm-1 のピークトップ位置、600 cm-1 付近のピーク形状から、閃緑岩(赤線)のスペクトルの特徴とよく似ていることがわかります。
まとめ
- 本に存在する代表的な火成岩である花崗岩、安山岩、玄武岩のスペクトルの特徴は、主成分であるシリカに無機酸化物などが混じった混合物のスペクトルとなります。
- 砂岩、泥岩、砂は、火山岩のスペクトルを平均化したようなスペクトルパターンとなりますが、一方で地域によって岩石の構成や比率が異なるため、地域によってスペクトルパターンは異なると考えられます。
次回からゴムシリーズに移ります。最初は天然ゴムとイソプレンゴムです。お楽しみに!
異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル(塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸塩 (硫酸バリウム等)
㉘ 岩石と砂 ← Now!!
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
参考文献
1) K. Nakamoto, Infrared and Raman Spectra of Inorganic and Coordination Compounds Part A 5th edition
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
2) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
3) 堀口博, 赤外吸光図説総覧
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2025年4月23日(水)13:00~14:00
FTIR基礎講座:ATR法による異物分析の基礎
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