更新日: 2022/2/22
今回はポリエステルをご紹介します。この種の仲間でもっとも代表的なポリマーは、ペットボトルの主成分であるポリエチレンテレフタレート(PET)です。また衣類のポリエステル繊維も多くが PET ですので、とてもなじみのあるプラスチックの一つです。PET の化学構造式はやや複雑で、以下のようになります。
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主鎖にベンゼン環とエチレン基 (-CH2-CH2-) を含み、それらがエステル結合(-COO-) で結ばれたような分子構造です。
今回は PET を中心に、PET 以外のポリエステルもいくつかご紹介しつつ、それらの分類のポイントについてお話しします。
PETのスペクトル
PETはエステル基とベンゼン環の振動が主要なピークとして現れます。主要なグループ振動を図1にまとめました。
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図1. PETの主要なグループ振動
PETのATRスペクトルを図2に示します。
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図2. PETのATRスペクトル
PETの吸収ピークの帰属
PETは比較的複雑な高分子ですので、出現する吸収ピークの数も多くなっています。ここでは代表的なピークの帰属を示します。
2930 cm-1 :CH2 非対称伸縮
2855 cm-1 :CH2 対称伸縮
1715 cm-1 :エステル C=O 伸縮
1505 cm-1 :ベンゼン環 環伸縮
1240 cm-1 :芳香族エステル C-O 伸縮
1095 cm-1 :エステル C-O 伸縮
725 cm-1 :ベンゼン環 C-H 面外変角
PET の特徴は、スペクトルの全体をながめたとき、1750 cm-1 より低波数側の波数域に強い吸収ピークが 4 本現れる点です。4 本のうち高波数側の 3 本(1715, 1240, 1095 cm-1)はエステルに関するピークです。前回エントリの PMMA にもエステルの C=O 伸縮と C-O 伸縮のピークが存在しましたが、PET のエステルのピークは PMMA とは異なる位置に現れます。一方で、PET とフタル酸エステル類はどちらも芳香族エステルを有していますので、スペクトルをぱっと見たとき PET と軟質塩ビはやや似ている印象を与えます。もちろんピーク位置を調べると、両者は別の物質として区別することができます。
PET のベンゼン環 C-H 面外変角振動は 725 cm-1 付近に現れます。ポリスチレンなどスチレン系樹脂の C-H 面外変振動の鋭い吸収は 700 cm-1 に現れます。PET のベンゼン環は 2 置換、正確にはパラ位 2 置換で、ベンゼン環の両脇に結合の手が 2つ伸びています。一方スチレン系樹脂は 1 置換で、ベンゼン環に対する結合の手は 1 つだけです。この違いによって C-H 面外変角振動のピーク位置が異なっています。
一方で、これまでのエントリに繰り返し出てきた 3000 - 2800 cm-1 の C-H 伸縮振動の吸収は、相対的に弱くなっています。
ポリエステルの種類 PET / PBT / PEN
ポリエステルは、合成の過程でさまざまなバリエーションを作り出すことができます。例えば、エチレン基の鎖長を伸ばしたり、ベンゼン環を多環芳香族に替えるパターンなどがよく知られています。ここではバリエーションの1例としてエンジニアリングプラスチックとして利用される PBT(ポリブチレンテレフタレート)と PEN(ポリエチレンナフタレート)のスペクトルをご紹介します。
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図3.PET(黒) / PBT(赤)/ PEN(青) のATRスペクトル
まず PEN は、PET や PBT とスペクトルが大きく異なりますので、容易に識別できます。PEN は 1175 cm-1 付近にナフタレン環の振動が現れ、かつC-H面外変角振動が 725 cm-1 から 760 cm-1 へシフトします。PET と PBT は非常に似ていますが、よく見ると 900 cm-1 付近のピークが異なっています。
図4に PET と PBT の 1070 - 800 cm-1 の波数範囲を拡大した ATR スペクトルを示します。PBT は 935, 915 cm-1 にピーク(●)が現れており、PETとは異なることがわかります。
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図4.PET(黒) / PBT(赤)のATRスペクトル
結晶性PETと非晶性PET
最後に PET ですが、市場には結晶性の PET と非晶性の PET が流通しています。製造時に結晶化を阻害するモノマーを加えて高分子化したり、冷却させる際の冷却速度をコントロールすることで PET の結晶性が変わることが知られています。PET ボトルや衣服の繊維の多くは結晶性のPETです。一方で、非晶性 PET は耐衝撃性が高く、透明度が高いことから、機械カバーや仕切り板、文具などに使われます。
結晶性 PET と非晶性 PET の違いは、FTIR である程度見分けることができます。1340 cm-1 のピークは結晶性の PET 特有のピークです。
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図5. 結晶性PET(黒), 非晶性PET(赤) のATRスペクトル
黒が結晶性の PET です。1340 cm-1 に、1410 cm-1 と同程度の強さの吸収が見られます。赤は非晶性の PET で、モノマーとしてシクロヘキサンジメタノールを加えることで、結晶化を抑制したものです。このような方法で結晶化を抑制した PET を PETG (グリコール変性ポリエチレンテレフタレート) とも呼びます。1340 cm-1 のピークが消失していることがわかります。
まとめ
- PET の特徴は、1750 cm-1 より低波数側の波数域に強い吸収ピークが 4 本現れる点です。この 4 本はエステル基とベンゼン環由来です。
- PET と PBT は似ていますが、PBT は 915, 930 cm-1 のピークで分類できます。
- 1340 cm-1 のピークは結晶性の PET 特有のピークです。結晶性 PET と非晶性 PET をある程度見分けることができます。
次回はナイロンなどポリアミドに着目していきます。お楽しみに!
異物スペクトル解析シリーズ
随時更新していきます!ご期待ください!
① 有機物か?無機物か?
② ポリエチレン
③ ポリプロピレン
④ スチレン系樹脂
⑤ ポリ塩化ビニル(塩ビ樹脂)
⑥ アクリル樹脂
⑦ ポリエステル ← Now!!
⑧ ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
⑨ セルロース
⑩ ニトリル系樹脂
⑪ ウレタン樹脂
⑫ ポリカーボネート
⑬ シリコーン樹脂
⑭ フッ素樹脂
⑮ イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
⑰ エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
⑱ ポリアセタール(POM)
⑲ 芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
⑳ 芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)
㉒ 無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
㉓ 無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
㉔ 無機水酸化物
㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
㉗ 無機硫酸 (硫酸バリウム等)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM
※タイトルと内容は変更する可能性があります。
参考文献
シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
1) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
2) 堀口博, 赤外吸光図説総覧