第24回 異物スペクトルの解析① 有機物か?無機物か?

更新日: 2021/7/16

はじめに

こんにちは。今年から FTIR で異物分析を始めました、という方も多いと思います。無事測定ができるようになり、スペクトルの検索結果も得られた。でもこの検索結果は本当に正しいのだろうかと、不安になったりしませんか?

スペクトル検索結果の上位のものをレポートするだけの状態から一歩先へ進んで、検索結果の妥当性を説明できるようになるためにはどう考えればよいのでしょうか。また、異物分析でよくありがちな誤解析を防ぐにはどのようなことに気を付ければよいのでしょうか。これらに関するまとまった考え方や解析のコツを、この異物スペクトルの解析シリーズを通してお伝えできればと思っています。

この異物スペクトルの解析は、今回のエントリが第 1 回目ですが、全 19 回でお届けする予定です。データは全て1回反射 ATR アクセサリを組み合わせた Spectrum3 FTIR で測定しています。クリスタルはダイヤモンドを使用しています。ぜひお手元の測定スペクトルの参照用にご利用ください。

有機物か?無機物か?

異物分析で未知のスペクトルに遭遇したら、まず有機物か無機物かを判断しましょう。有機物か否かは炭化水素由来の C-H 結合に基づくピークの有無で見分けられます。C-H 伸縮振動は、スペクトルの 3100 ~ 2700 cm-1 の領域に通常複数本のピークとして現れます。図1に有機物であるポリマー (ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン) と、無機物(ガラス)のスペクトルを示しました。


図1.有機物・無機物の判別

 

この 3 種類のポリマーは、異物分析で頻繁に遭遇します。生産・流通量の非常に多いポリマーだからです。JPCA (石油化学工業協会)の調査によると、2020 年の合成樹脂の生産量第 1 位はポリエチレン、第 2 位はポリプロピレンです。ポリスチレンは第 4 位となっています。
ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンは、3100 ~ 2700 cm-1 付近にC-H由来の吸収ピークが強く出ていることがわかります。一方、ガラスは主にケイ酸塩から成る無機物ですから、この領域にピークはありません。

このように、C-H 伸縮振動ピークから有機物が存在すると判断できます。(ただし、PTFE や PFA などの全フッ素系樹脂は例外です。C-H 振動が存在しないため、上記の方法では判別できない有機物です。)全フッ素系樹脂もこのシリーズの中で触れていきます。

C-H 伸縮振動をはじめとした、いくつかの特定の原子団には振動が局在することがわかっています。これをグループ振動と呼びます。1) グループ振動の振動数は比較的安定でピーク位置が大きく変化しないため、異物分析でも頻繁に利用されます。

グループ振動

グループ振動の詳細は文献1,2) に譲るとして、ここではFTIRで異物分析をする際によく利用するグループ振動をまとめました。


図2.グループ振動数

 

このように、スペクトルのピークの位置から、官能基を含む様々な原子団を同定することができます。異物分析では、よく見られる高分子、オイル、添加剤、一部の無機物などは、特定の原子団の繰り返し構造となっているケースが多くなりますので、このような特徴的な原子団から異物の材料種を判別していきます。

図2 の 4000 ~ 1500 cm-1 の領域は、原子団の同定に特に向いている領域です。ここには、先ほどご紹介した有機物を判別するための C-H のピークをはじめ、C=O や O-H、N-H など、様々な原子団の吸収ピークが現れます。一方、1500 ~ 650 cm-1 は指紋領域と呼びます。この領域は、変角振動や分子全体の振動が重なるため、非常に多くのピークが出現してきます。あたかも、“物質の指紋を取る“かのように、各物質に固有の波形が得られますので、未知物質と基準物質との同一性を確認するために非常に有効です。

有機物であることが判断できたら次にその有機物はどのような物質なのか?を突き止めていくのですが、次回の第 2 回では、最も単純なポリエチレンやポリプロピレンなど、脂肪族炭化水素系の高分子について説明していきます。

まとめ

  • 未知のスペクトルに出会ったら、まずは C-H 伸縮振動のピークから、有機物か否かを判断しましょう。
  • C-H 伸縮振動以外にも様々な原子団のピーク位置が明らかになっています。代表的なものは覚えておくと便利です。

異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

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ポリエチレン
ポリプロピレン
スチレン系樹脂
ポリ塩化ビニル(塩ビ樹脂)
アクリル樹脂
ポリエステル
ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
セルロース
ニトリル系樹脂
ウレタン樹脂
ポリカーボネート
シリコーン樹脂
フッ素樹脂
イミド系樹脂
エポキシ樹脂
エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
ポリアセタール(POM)
芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
芳香族ポリスルフィド(PPS,PES)
無機酸化物(シリカ, ガラス)
無機酸化物(アルミナ, 酸化鉄)
無機酸化物(酸化チタン, 酸化亜鉛)
無機水酸化物
無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
無機炭酸塩 (炭酸カルシウム等)
無機硫酸塩 (硫酸バリウム等)
岩石と砂
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

参考文献

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は参考文献2) 3)に基づいています。
1) 田隅三生, 赤外分光測定法 基礎と最新手法 日本分光学会編 
2) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
3) 堀口博, 赤外吸光図説総覧