これは深い闇に手を入れるような気分の話題です。よく使われる硝酸由来のバンドスペクトル(分子バンド)の発光線の発生があったら、硝酸濃度次第で定量値が変わる恐れがあります(分光干渉の多くはプラス側の干渉)。普段から硝酸濃度を一定にしているのであれば何ら心配はないでしょう。しかしサンプルは硝酸濃度が高い(または未知)で標準液は 1% 硝酸、ということも多々あることでしょう。いくつかの教科書的な文献によれば、アルゴンプラズマに入る空気の影響で、窒素や酸素由来のバンドスペクトル発光があると書いてあります。今回は硝酸濃度を変えて分光干渉の有無を調査しました。結論として、この対策にはマトリックスマッチングまたは標準添加法が最も有効です。
結論を書いてしまいましたが、実際にどんな時に見られるのか?についてですが、実は私もよく分かっていません。なぜならバンドスペクトルがどこに出るのか文献を持っていないからです(お持ちの方、ぜひご提供ください)。
ということで、実測スペクトルから硝酸由来であろうスペクトル干渉をご紹介しつつ、条件によっては全く問題ない(物理干渉の問題はある)ということを示します。
(素朴な疑問を実験データで紹介する、というのもこのブログの主旨です。)
まず、硝酸濃度を0、12、24、36、48 % と変えた溶液を準備し ICP-OES で測定しました。これらブランク溶液を測定したスペクトルを示します。プラズマ条件はコールド、ホット条件で比較しました。
プラズマ条件
条件 |
プラズマガス |
補助ガス |
ネブライザー
ガス |
RF出力 |
測光方向 |
コールド |
17 |
0.2 |
1 |
1000 |
アキシャル |
ホット |
8 |
0.2 |
0.4 |
1500 |
アキシャル |
Zn 213.857 nm (Cold Plasma) |
|
Zn 213.857 nm (Hot Plasma)
*ベースライン高さを合わせて表示しています |
P 214.914 nm (Cold Plasma) |
|
P 214.914 nm (Hot Plasma)
*ベースライン高さを合わせて表示しています |
Cd 228.802 nm (Cold Plasma) |
|
Cd 228.802 nm (Hot Plasma)
*ベースライン高さを合わせて表示しています |
プラズマ条件次第で大きく挙動が異なっており、ホットプラズマのほうがバックグランドのピークが変化しにくい(これがバンドスペクトルかは不明)、ということが分かりました。Zn213 nm と Cd228 nm は分光干渉がひどく、コールドプラズマでは微量域の測定は難しそうです。これらの波長はぜひホットプラズマを使いましょう。P214 はコールドプラズマでもなんとか分離できているように思います。
Avioシリーズはプラズマガス流量を8 L/min まで落とすことができ、従来のICPよりも高温なプラズマを維持することができます。こういったバンドスペクトルの影響を回避するうえでも有効なプラズマだと再認識できました。最近、プラズマガス流量を増やすコールドプラズマのメリットばかり書いてきましたので、少し逆のパターンも書けて安心しました。
なんとなくですが、ホットプラズマではバンドスペクトルの発生を抑えている、というよりは、一様に発生させているので影響が少ない、というところでしょうか。もちろん、いずれにしても粘性の影響(物理干渉)はありますので、その対策は必要です。
ざっと見たところ、230 nm より長波長側にはほとんど見られないようですので、それより長波長側を測定されている方はコールド条件でも大丈夫ですので安心してください。
昨今のICPはバックグランドのプロファイルを見れないタイプの装置もあるようで、スムージングがかけられてしまってバンドスペクトルを確認することが難しいケースもあるようです。
ちなみに、今回の測定は1メソッド内でプラズマ条件を振りながら自動測定をしてデータを取得しました。こんな無茶な設定をしながら測定できる良いマシンです。研究にも最適ですね。
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