検量線法の危うさと、内標準補正法の使い方(物理干渉の補正)について~硝酸濃度の問題提議~ | ICP-OESラボのあれこれ | 無機分析ラボの日々のあれこれ - PerkinElmer Japan

検量線法の危うさと、内標準補正法の使い方(物理干渉の補正)について~硝酸濃度の問題提議~

標準液とサンプルに加える酸濃度は把握していますか?例えば、固体のサンプルを硝酸で溶解して ICP の測定溶液を調製した場合、検量線用の標準液にはどれくらいの硝酸を加えているでしょうか?どんなサンプル(硝酸濃度)であっても 1 % 硝酸で調製した標準液を使っていませんか?その場合、どれくらい定量値に影響があるのかないのか、確認されているでしょうか?

“内標準補正法”の適切な使い方を考えるために、このテーマを深掘りしていきたいと思います。前回は元素・波長によって挙動が異なる事例を取り上げ、内標準補正の問題について紹介しました。実際にどの元素・どの波長で内標準補正すればよいのかを知るために、今回は“硝酸”の影響をデータで紹介します。

 

いつでも“検量線法”で定量している、いつでも“イットリウムで内標準補正”している、そのデータは妥当な定量値を得られていない可能性があることをご理解いただけると思います。

硝酸は、基本的には酸濃度に由来した粘性(=物理干渉)が問題となる、と私が持っている複数の ICP 書籍には記載があります。最近はペリスタルティックポンプを使い送液することが多いため、その流速は変わりませんが、ネブライザーでの噴霧効率の低下や、霧自体のプラズマへの到達率の低下が起こるためと考えられます。ここまではおそらく間違いではありません。溶液のプラズマへの輸送に関わる干渉だとすれば、どの元素もどの内標準元素で補正しても問題ない、と考えられます。

では、実際に溶液中の硝酸濃度を変えて測定してみた結果を示します。
プラズマガス流量 10 L/min、補助ガス流量 0.2 L/min,ネブライザーガス流量 0.60 L/min,RF 出力 1500 W,ポンプ流速 1.0 mL/min,インジェクター内径 2.0 mm という PerkinElmer ICP-OES Avio550 のほぼデフォルト設定で検証しました。


左図 アキシャル測光、右図ラジアル測光での硝酸濃度の影響調査データ

 

ここでの硝酸濃度は、vol%(使用硝酸濃度は関係なく1mL/10mLで10%という体積比の意味)ではなく使用硝酸濃度から希釈し調製した濃度として記載しました濃度です。61 % 硝酸を 1 mL 分取し超純水で 10 mL に希釈調製した場合原液濃度から10倍希釈の6.1 % 硝酸溶液となりますして表記しました(なお、SIでは質量パーセントや体積パーセントも使用していけない単位系だとご指摘をいただきました。単位は誰もが共有理解するために重要な表現ですので注意したいと思います)。サンプルを硝酸〇mLで酸分解しメスアップ〇mLにした場合、という実験系を想定した希釈濃度の表記となりますのでご注意ください。(加筆修正2023/7/24) 赤矢印は傾きを同じに記入しました。

この図から全て一様に素直に減感しているのが分かると思います。このように一様に減感しているため、どの内標準元素を使って補正しても良いですよ、とされています。

しかし、よくよく見てみると、減感の大きいのと小さいのと幅があるように見えます。特にラジアルは元素によって 10 % 以上の差があります。内標準元素を適当に選ぶと、10 % 以上の誤差を持ってしまう可能性があるわけです(それくらいの誤差は許容範囲であれば問題なし)。

 

次に、マグネシウム (Mg) のイオン線と中性原子線の挙動をピックアップしたデータを示します。


左図はアキシャル測光、右図はラジアル測光での 〇 Mg 280.271 (II) と Mg 285.213 (I) の硝酸濃度の影響調査データ

 

アキシャル測光においては、硝酸濃度が高くなるにつれて Mg 280.271 (II) と Mg 285.213 (I) の挙動差が広がっており、一方、ラジアル測光では挙動差が見られませんでした。これは何を意味しているのか、と考えると、答えはむしろ教えて欲しいくらいなのですが、 Mg 280.271 (II) と Mg 285.213 (I) の生強度比をプロットしたデータを次に示します。


硝酸濃度の影響による Mg 280.271 (II) と Mg 285.213 (I) の強度比の変化
導入量によって Mg 比は異なりますが挙動の傾向は同等のようです。

 

同一元素である Mg のイオン線と中性原子線の強度比は、ラジアル測光では硝酸濃度によらず一定、アキシャル測光では硝酸濃度が高くなると Mg 280.271 / Mg 285.213 強度比も大きくなる傾向が見られました。このことから、硝酸濃度が高くなるとプラズマに導入される霧が減り、プラズマがロバストな方向へ変化したのではないか、と考えています。その結果、アキシャル測光ではプラズマ状態がどんどん変化していき、Mg 280.271 (II) と Mg 285.213 (I) の減感挙動差が生じたものと考えています。導入量が変化すれば、定点側面観測であるラジアル測光においては、元素によって最適発光高さ位置も変わるでしょうから、挙動変化もアキシャルより大きくなった、と考えられないでしょうか。一方アキシャル測光は、発光位置は変わりませんので、プラズマ状態は変わっているものの、ある程度素直な減感挙動を示したと思います(正解は分かりません)。
測定対象や条件等々を変えてここの深掘りしたら面白そうですが、今回はここまでとします。硝酸自体は励起過程を変化させているわけではないでしょうけれども、間接的にはそうとも言い切れないですよね(ここが教科書と違うことを言うこのブログの良さですね!?)。

(PerkinElmer ICP-OES Avio550 はアキシャル測光もラジアル測光も測定できる波長は全て同時取得できまして、測定後に波長の変更や、測光方向の変更しデータを閲覧できます。両軸 UDA モード、すごく便利でオススメです。)

 

内標準補正法を単純な系である硝酸濃度由来の物理干渉補正に利用しようとしたとしても、簡単じゃないなぁ、と思います。検量線法での結果の危うさも、内標準補正法での補正誤差の程度も感じられるデータだったと思います。

内標準元素はこれがいい!と提案するために記事を書いていますが、いろんなケースを考えると簡単ではないですよね、と共感してもらうために書いた回でした。どうやって補正がうまくいっているかを確認するか、が大事です。
もう少しこのテーマは続けて連載したいと思っています。

 

参考記事はこちら:

 

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