異物スペクトルの解析㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス) | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

異物スペクトルの解析㉑ 無機酸化物(シリカ, ガラス)

今回から、異物分析でよく見かける無機物の赤外スペクトルについて解説していきます。

最初は無機酸化物で、特にシリカとガラスに着目していきます。シリカはケイ素 (Si) の酸化物です。化合物の読み方の習慣で、無機酸化物は元素名の語尾を -a に変化させたものが多いです。シリカもアルミナもそれらの慣習に従っています。ケイ素 (Silicon) → 酸化ケイ素 (Silica), アルミニウム (Aluminum) → 酸化アルミニウム (Alumina) といった具合です。他にもチタニア(酸化チタン, Titania)などが有名ですね。シリカは、原子の並び方の規則性によって 2 種類に大別されます。規則性が高く結晶質のシリカと、規則性が低く非晶質固体 (アモルファス) のシリカです。石英や水晶は結晶質のシリカの代表例としてよく知られています。

結晶の場合でもアモルファスの場合でも、シリカの最も小さな構造単位(ユニットセル)はケイ酸塩です。ケイ酸塩はシリケート (Silicate) とも呼びます。シリケートは図 1 のようにケイ素原子に酸素原子が 4 つ結合した構造で、4 つの酸素を頂点とする正四面体構造を取っています。このシリケートは隣接するシリケートと酸素原子を共有しており、物質全体としては巨大なネットワークが構築されています。そのネットワークの構造が規則正しい場合を結晶性シリカ、不規則な場合をアモルファスシリカと呼びます。


図1.シリケート(SiO4)ユニットセル(左図)と、SiO4 ユニットセルの立体表記(右図)

 

図2 は結晶シリカとアモルファスシリカの違いを示す有名なモデルです1,2)。結晶シリカ(図2 A)ではケイ素原子と酸素原子が規則正しく配列しているのに対し、アモルファスシリカ (図2 B)では配列の規則性が失われています。図2 は平面表記ですので、ネットワークが平面上に広がっているように見えますが、実際のネットワークは 3 次元状であり、紙面の手前 - 奥行方向にも広がっています。


図2.シリカの結合モデル (平面表記) 1, 2)
結晶シリカ (A) アモルファスシリカ(B) 黒点はケイ素原子、白点は酸素原子

 

ガラスは(1)原子配列が不規則である (2)ガラス転移現象を示す の2つの条件を満たす固体と定義されています3)。石英や水晶を溶融して急冷すると、原子の並び方の規則性が崩れて非晶質化した状態でガラス転移点を下回り、アモルファスな固体、つまりガラスとなります。
ガラスに使われる物質はシリカだけとは限りません。シリカにナトリウム (Sodium) が加わると、窓ガラスに使われるソーダガラス (Soda glass) になりますし、硼素 (Boron) が加わると主に理化学機器用途に使われる硼ケイ酸ガラス (Borosilicate glass) となります。ガラスは窓ガラスや理化学実験用以外にも、ガラス繊維強化プラスチック (FRP) におけるガラス繊維として樹脂に分散されることがあります。また、微粒子状のシリカを樹脂に分散させることもあります。従って、樹脂を測定するとガラスやシリカが検出されることがあります。これら無機物質の定性的な情報は未知物質の材質を推定する際に役に立ちます。

今回は無機酸化物、特にシリカとガラスに着目し、スペクトルの特徴と分類のポイントとをお話ししていきます。

 

■シリカのスペクトル

前回のエントリまで使用していたグループ振動表は、主に有機物中の官能基の波数位置を図示するのに向いていました。今回新たにグループ振動表の無機物版を作成しました。図3はシリカの主要なグループ振動です。


図3. シリカの主要なグループ振動

 

シリカの ATR スペクトルを図4 に示します。このシリカは、ゾル-ゲル法によって作成されたシリカ微粒子です。異物分析でもしばしば検出されるスペクトルパターンです。


図4. シリカの ATR スペクトル

 

無機物の吸収スペクトルは多くの場合、有機物より比較的単純になります。

 

■シリカの吸収ピークの帰属

シリカの特徴的な吸収ピーク波数と帰属を示します4,8)

 1080 cm-1 : シリケート(SiO4) Si-O-Si 非対称伸縮
  805 cm-1 : シリケート(SiO4) Si-O-Si 面内変角 (はさみ)
  460 cm-1 : シリケート(SiO4) Si-O-Si 面外変角 (ロッキング)

シリカの吸収ピークの最も大きな特徴は、1080 cm-1 の太くて強い Si-O-Si 伸縮の吸収です。シリケートのユニットセルどうしを化学結合でブリッジングしている酸素を中心とし、酸素と両隣のケイ素原子との間の伸縮振動です。強くて太く、特徴的な吸収ピークです。一方で、1080 cm-1 の波数域に強い吸収ピークを有する物質は他にも存在します。代表的なものはセルロースです。


図5.シリカとセルロースのATRスペクトルの比較

 

全く違う物質であるにもかかわらず、シリカとセルロースのスペクトルは 1080 cm-1 付近の吸収ピークは強度がもっとも強く、かつピークが太い点が、互いに似ている印象を与えます。上記のように本体 ATR で測定すると、シリカはセルロースと異なり、セルロースに特有の C-O-C のバンドがいくつも重なった複雑なバンド形状をしていないことから見分けがつきます。しかし S/N が低くなるような条件で測定したスペクトルにはノイズが載っていますので、このノイズが乗ったシリカをセルロースと見間違えないように注意が必要です。

 

■ピークの帰属の表記方法について

上記のピークの帰属は、これまでの有機物の吸収の帰属の慣習に従って “Si-O-Si 伸縮“ のようなグループ振動に従った表記方法を用いました。この異物スペクトルの解析シリーズの主な目的は未知異物の定性分析に役立てるためで、未知異物はポリマーである場合が圧倒的に多いので、基本的にはこれまでと同様グループ振動の表記で帰属を示していく予定です。
一方で、無機化合物と、結晶性を有する一部の有機物化合物の赤外吸収スペクトルの帰属を示した論文で、グループ振動とは異なる表記で帰属されたものも数多くあり、場合によっては本ブログの中でそのような表記をする可能性もありますので、ここで紹介しておきます。

※この章は、補足の章です。興味の薄い方は読み飛ばして次のガラスの吸収ピークの帰属の章をご覧ください。

● 1.フォノンのモードに基づく方法

一つ目はフォノンのモードに基づいた帰属の表記方法です。この方法によると、シリカのピークの帰属は以下のように表記されます4,5)

 1250 cm-1 : LO3 mode
 1080 cm-1 : TO3 mode
  805 cm-1 : TO2 mode
  460 cm-1 : TO1 mode

フォノンとは、結晶の中の格子の振動を量子化したもので、光学 (Optical) フォノンと音響 (Acoustic) フォノンの 2 種類に分けられます。このうち赤外吸収を生じるのは光学フォノンだけです。光学フォノンのモードにはフォノンの伝搬方向と垂直方向に格子振動する横波モードと、フォノンの伝搬方向と平行方向に格子振動する縦波モードがあります。前者は Transverse Optical (TO)モード、後者は Longitudinal Optical (LO) モードと呼ばれます。すなわち、上記のシリカの例では、TO モードとは赤外光の光軸に対して垂直方向に振動する振動モードの事であり、TO3 とはこれらの振動モードのうち Si-O-Si 非対称伸縮のもの、ということになります。無機物は多くが結晶ですので、このような結晶の格子振動を前提としたピークの帰属が良く見られます。

● 2.原子配置の対称性に基づく方法

二つ目は、結晶中の原子配置の対称性に基づいた帰属の表記方法です。シリカの場合以下のように表記されます6)

 1080 cm-1 : F2
  810 cm-1 : A1
  460 cm-1 : F2

結晶の最小単位であるユニットセルにおいて、原子の配置の取りうるパターンは 32 種類に限られています。この 32 種類のパターンを結晶点群、あるいは単に点群 (Point Group) と呼びます8)。各点群に対応する指標表 (Character Table) が存在し、この表における振動モードの名称に F2, A1 などの記号が与えられています。他にも A, A’, A” A2”, Au, A1u, A2u, B, B1, B2, Bu, B1u, B2u, B3u, E, E’, E1, Eu, E1u, F, F1u ・・・ など様々な記号が使われます。記号の意味は文献8) を参照ください。

この表記がよく使われる理由は、指標表をもとに因子群解析 (Factor group analysis) を行うことで、結晶の振動のパターンに対する赤外活性の有無とラマン活性の有無の関係を知ることができるからです7)。つまり因子群解析の結果と赤外分光、ラマン分光を両方の測定データを元に、官能基や振動モードの帰属を行うことができます。因子群解析には大学初年度程度の線形代数学の知識と群論の理解が必要ですが、文献7,8)に詳細が易しく解説されています。

● 3.その他の方法

その他の帰属の表記方法として、上記の A1g, A2u,・・・を、それぞれ ν1, ν2, ν3, ν4 などのわかりやすい表記方法に置き換えられることもあります。例えば炭酸カルシウムや硫酸バリウムなど無機塩の赤外吸収スペクトルの帰属は、このような表記方法が多いです。

 

■石英・ガラスのスペクトル

シリカ微粒子と、石英、ガラスの吸収スペクトルを比較しました。ATR スペクトルを示します。


図6.シリカ微粒子(黒), 石英結晶(赤), 石英ガラス(青), スライドガラス(ピンク)の ATR スペクトル

 

石英結晶 (α-quartz) と石英ガラスの比較から、同じ SiO2 でも原子配置の規則性が異なるとスペクトルが変わり、1000 cm-1 付近のピークは、石英ガラスの方が低波数にシフトしていることがわかります。一方で、シリカにナトリウムなどが添加された一般的なガラス(スライドガラス)の ATR スペクトルでは、該当波数のピークがさらに低波数側にシフトしていることがわかります。

 

■まとめ

  • シリカはシリケートを主成分とするガラス質の物質で、1080、805、460 cm-1 付近に特徴的な吸収ピークを持ちます。
  • シリカとセルロースはスペクトルがやや似ているので、注意が必要です。
  • シリカとスライドガラスなどの一般的なガラスはスペクトルが異なるため、識別が可能です。

 

次回はアルミナ、酸化鉄を取り上げます。お楽しみに!

 

■異物スペクトル解析シリーズ

随時更新していきます!ご期待ください!

有機物か?無機物か? 
ポリエチレン
ポリプロピレン
スチレン系樹脂
ポリ塩化ビニル (塩ビ樹脂)
アクリル樹脂
ポリエステル
ナイロン(ポリアミド)とタンパク質
セルロース
ニトリル系樹脂
ウレタン樹脂
ポリカーボネート
シリコーン樹脂
フッ素樹脂
イミド系樹脂
⑯ エポキシ樹脂
エチレン酢酸ビニル樹脂(EVA)
ポリアセタール(POM)
芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)
芳香族ポリスルフィド(PPS, PES)
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㉕ 無機ケイ酸塩鉱物(タルク, カオリン)
㉖ 無機炭酸塩 (CaCO3)v1, v2, v3, v4
㉗ 無機硫酸  (BaSO4, MgSO4)
㉘ 砂と土
㉙ 天然ゴム・イソプレンゴム
㉚ SBR
㉛ NBR
㉜ EPDM

※タイトルと内容は変更する可能性があります。

 

■参考文献

1) W. H. Zachariasen, J. Amer. Chem. Soc. 54, 3841 (1932)
2) B. E. Warren, Phys. Rev. 45, 657 (1934)
3) 瀬川広代, 化学と教育, 70, 12, 594 (2022)
4) C.T. Kirk, Physical Review B 38, 1255 (1988)
5) P. Innocenzi, Journal of Non-Crystalline Solids, 316, 309 (2003)
6) J. Etchepare, Spectrochim. Acta A 26, 2147(1970)
7) K. Nakamoto, Infrared and Raman Spectra of Inorganic and Coordination Compounds Part A 5th edition

シリーズ全体を通して、各ピーク波数の帰属は以下の参考文献に基づいています。
8) N.B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition
9) 堀口博, 赤外吸光図説総覧

 

 

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