アキシャルはラジアルよりバックグランドが下がるのか上がるのか議論に決着をつけたい ~ゆくゆくは高感度化に必要なことは何かを考える第一歩~ | ICP-OESラボのあれこれ | 無機分析ラボの日々のあれこれ - Perki

"アキシャルはラジアルよりバックグランドが下がるのか上がるのか議論"に決着をつけたい
~ゆくゆくは高感度化に必要なことは何かを考える第一歩~

ICP-OESではプラズマからの発光を軸方向(アキシャル)と側面方向(ラジアル)の2方向から観測することができます。一般的にアキシャル測光はラジアル測光よりも高い発光強度が得られるため、微量分析に利用されます。しかし、発光強度が高いとはいえ、実際にはアルゴン由来のバックグランド強度も高くなってしまうため、生強度の増加分ほど感度が改善されるわけではありません。しかしながら、一方で、アキシャル測光のほうがプラズマのアルゴン密度の低いところを観測するから、バックグランドは低くなるはず、という意見もあります。確かにラジアル測光は側面のアルゴン発光部を通過したものを観測しますので、バックグランドが上がってもおかしくありません。

 

今回は、アキシャル測光とラジアル測光とではどちらのほうがバッグラウンド強度は低いのか、どちらが下げられるのか?という疑問について決着つけたいと思いデータを取得しました。正直なところ、多くの分析者にとってどちらでもいい話です。単なる個人的興味でしかない話題です。最初にオチを書きますと、案外、いろいろ条件を考えると、今回で決着はつけられない、という内容になっています。ただ、ゆくゆくは、高い発光強度が得られるアキシャル測光を使って、低バックグランドの測定条件を設定できれば、より高感度な測定ができる、という点について解説していきたいと考えています。正解は分かりません。個人的意見を書くのみという無責任な回となっております。正解をお持ちの方はぜひご連絡ください。

まずはアキシャル測光とラジアル測光のスペクトルを示します。ここではホットプラズマとコールドプラズマの両条件について示します。

 

【アキシャルのほうがバックグランドは高い!?】

赤ライン:ホットプラズマ条件(プラズマ10 L/min、ネブライザーガス0.6 L/min、RF1500W)
青ライン:コールドプラズマ条件(プラズマ17 L/min、ネブライザーガス1.0 L/min、RF1100W)
実線:アキシャル
点線:ラジアル

 

Zn 206.200 nm と Fe 238.204 nm が観測される波長位置でのバックグラウンドのプロファイルを示しました(いずれもイオン線)。測定溶液に各元素は含まれておらず、超純水を導入し測定しました。バックグランドが最も低いのはコールドプラズマ条件のラジアル測光であることが分かります。バックグラウンドの高さの順番は、プラズマ条件を変えても、アキシャル>ラジアルの順番となっています。

アキシャル(ホット)>ラジアル(ホット)>アキシャル(コールド)>ラジアル(コールド)

 

【アキシャルのほうがバックグランドは低い!?】

ここに示しましたスペクトルは、Na 589.592 nm とAl 396.153 nm が観測される波長位置でのバックグランドのプロファイルです(いずれも中性原子線)。ホットプラズマ条件ではいずれもラジアルのほうがバックグランドは低いことが出来ますが、コールドプラズマ条件ではアキシャルのほうがバックグランドは低い、ということが分かります。先ほどとは異なり、プラズマ条件によってバックグランドの高さの順番が異なっていることが分かります。

アキシャル(ホット)>ラジアル(ホット)>ラジアル(コールド)>アキシャル(コールド)

 

このように、ラジアルのほうがバックグランドは低いケースもあれば、アキシャルのほうが低いケースもありえる、ということが分かりました。
ここで気になるのは、なぜアキシャルでラジアルよりもバックグランドが低い条件があるのか?という点です。そこでアルゴン発光線を調べてみました。

 

アルゴン 420.069 nm (I) の発光強度を見てみると、アキシャル(コールド)が最も発光強度が小さくなっています。強度の関係性は、おおよそ他の波長域でのバックグランド強度と相関しているように見えます。ここでのコールド条件は主にネブライザーガス流量を増やすことで設定しています。

このように、プラズマ条件によってバックグランド強度(アルゴン由来の発光)が変化していることは明確です。そこで、プラズマの温度(状態)に大きく影響を与えるネブライザーガス流量を変化させてバックグラウンド強度の変化を調査してみました。

 

【ネブライザーガス流量とバックグランド高さの関係】

ネブライザーガス流量を変化させると、Zn 206.200 nm 位置でのアキシャルとラジアルのバックグランド高さの関係は変わりなく、どの条件でもアキシャルのほうが高めでしたが、Al 396.153 nm 位置では途中から逆転しアキシャルのほうがバックグランドは低くなっていることが分かります。つまり、コールドプラズマ条件下でのみアキシャルのバックグラウンド強度が低くなるケースが存在している、と考えられます。(ただし、ネブライザーガス流量を変化させた、ということはラジアルの最適発光位置は変わっているはずなので、今回は測光高さ 15㎜ 位置に固定していた場合、というデータです。)

少し長くなってきましたので、今回はここまででまとめます。

 

「アキシャルのほうがバックグランドは低くなる」、という現象を見ている方は、コールド気味なプラズマ条件で測定している可能性があり、現行の多くのICPのデフォルト設定であるホットプラズマ条件ではバックグランドは一様に高めである、と予想されます。従いまして、

  • アルゴン発光強度とバックグランド高さには相関性がある
  • ホットプラズマ条件とコールドプラズマ条件を比較すると、コールドプラズマ条件のほうがバックグラウンドは低くなる
  • アキシャルはラジアルより低温ではあるが、発光量を多く採光するせいで比較するとバックグランドは高い傾向にある
  • 波長によってはコールドプラズマ条件のアキシャル測光でラジアル測光よりも低バックグランドにできる

 

バックグランドが低く、発光強度が高い、というのが理想的な高感度化であると仮定するならば、そういう設定にはどのようにすればいいのか、と考えるわけですが、実際はバックグランド補正して使うので一概に低バックグランドが良いとも言えず、どういうのが最適か・・・、それはまた次回以降にしましょう。

 

以下のブログも参考になるかもしれません:

第38回:ICP発光で硝酸由来のN2、NH2、NOの二原子分子による分子スペクトル線が集合した発光線(バンドスペクトル)の存在は、分光干渉となりえるのか?!の問題について

 

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