多成分検索の応用 半定量分析 | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

多成分検索の応用 半定量分析

今回は多成分検索機能(マルチサーチ)を応用して半定量分析する方法についてご紹介します。
定量分析というと、これまでにご紹介してきた検量線法が良く使われます。検量線法は正確な定量結果が得られる反面、検量線用標準サンプルを調製する必要があるため、手間がかかるのが欠点です。半定量分析ではユーザーライブラリに登録した標準スペクトルを標準として使用しますので、サンプル調整の手間が省けます。定量結果の正確さは検量線法に劣りますが、混合物のおおよその組成比を知りたい場合に手軽に使える便利な方法です。

■なぜマルチサーチ機能で半定量分析ができるの?

混合物のスペクトルに対してマルチサーチを実行すると、まず標準スペクトルがライブラリの中から複数検索されます。続いて、混合物スペクトルに対して最もよくフィッティングするような標準スペクトルの比率が求められます。この仕組みを図で表しました。


図1.マルチサーチの仕組み

 

このマルチサーチの仕組みは、見方を変えると混合物スペクトルに対して標準スペクトルをカーブフィッティングさせているのと同じであることがわかります。

このようにして求まった係数は、マルチサーチの検索結果一覧に“レベル (%)”として示されます。図 1 の例では、A のレベルは 70 %, B のレベルは 30 % となります。この場合の単位 (%) の物理的な意味は、“混合物中に存在するある成分の、純物質に対するスペクトル強度比”を百分率表示にしたものと言えます。

 

■アルコール消毒液のエタノール濃度推定

マルチサーチによる半定量を、アルコール消毒液の濃度推定で試してみました。アルコール消毒液は以前のエントリでもご紹介したように組成のほとんどが水とアルコールのため、マルチサーチによる半定量が良く機能する例の一つです。

さて今回アルコール濃度の異なる市販のアルコール消毒液サンプルを6種類入手しました。

  • アルコール消毒液A (エタノール濃度 71%)
  • アルコール消毒液B (エタノール濃度 55%)
  • アルコール消毒液C (エタノール濃度 51%)
  • アルコール消毒液D (エタノール濃度 49%)
  • アルコール消毒液E (エタノール濃度 37%)
  • アルコール消毒液F (エタノール濃度 29%)

( )内のエタノール濃度は、別途作成したアルコール消毒液の検量線を使用して推定したエタノール濃度を v/v % で示しています。

さらに標準サンプルとして超純水(ELGA製 PURELAB Chorus)とエタノール(関東化学製)を準備しました。

 

■測定条件

ATR アクセサリを取り付けた Spectrum Two を使用しました。ATR 結晶はダイヤモンドを使用しました。
全てのサンプルを波数範囲 4000 ~ 400 cm-1, 分解能 4 cm-1, 積算回数 4 回の条件で測定しました。

 

■測定生データ

まず標準サンプルのスペクトルを示します。上段がエタノールのスペクトルです。1045 cm-1 付近の強いピークは 1 級アルコールの C-O 伸縮振動に帰属されます。(アルコール消毒液の検量線法のエントリでは、この 1045 cm-1 のピーク高さを定量に使用しました。)下段は水のスペクトルで、3400 cm-1 付近のブロードなピークは OH 伸縮振動に、1640 cm-1 付近のピークは OH 変角振動にそれぞれ帰属されます。


図2 水とエタノールの標準スペクトル

 

続いてアルコール消毒液のスペクトルを測定しました。


図3 アルコール消毒液A~Fのスペクトル

 

アルコール消毒液のスペクトルは、濃度によって水とエタノール由来のピーク強度がそれぞれ異なることがわかります。

 

■マルチサーチの準備と実行

測定した標準スペクトルをユーザーライブラリに格納します。ユーザーライブラリの作成、標準スペクトルの登録方法は、過去エントリ「ライブラリの活用方法」をご覧ください。
続いて、マルチサーチの対象ライブラリの設定を行います。先ほど作成したユーザーライブラリを検索対象としました。
以上で設定完了です。

Spectrum IR ソフトウェアで、処理メニューMultiSearch を選択します。または、 アイコンをクリックし、処理を実行します。

 

■マルチサーチと検量線の推定濃度の比較

このようにして得られたマルチサーチの結果から得た推定濃度と、検量線法を使用して得た推定濃度の相関関係を示します。


図4 測定結果 マルチサーチによる推定と検量線による推定の比較

 

回帰直線の決定係数 (R2) は 0.98 で、かなり高い相関を有していることがわかります。マルチサーチによる濃度推定は、検量線による濃度推定とよく一致していると言えます。ただしアルコール濃度が高い領域と低い領域では、検量線法の推定値からずれる傾向にあります。

 

■推定値の誤差要因は?

検量線の推定値からからずれる要因は何でしょうか。いくつかの可能性が考えられますが、今回のような水とアルコールの混合液のケースでは、特に異なる 2 つ液体を混合したことによるピークシフトの影響が大きいと考えられます。図 5 にリファレンスの超純水 (Water) および各サンプル (A~F) の 水の OH 変角振動のピークを比較しました。超純水のピークトップは 1640 cm-1 付近です。サンプル Water < F < E < ・・・< B < A とエタノールの比率が増えるに従いピークが 8 cm-1 ほど高波数側にシフトしていることがわかります。


図5 OH変角振動の低波数側へのピークシフト

 

このピークの高波数シフトは、水分子とエタノール分子の間の水素結合によって引き起こされます。水分子の中の酸素原子と水素原子は、周囲の分子の酸素原子や水素原子と静電的な力でゆるやかに引きあっています。このような、水素原子が関係する分子間の電気的な引き合いのことを水素結合と呼びます。
超純水中では水分子だけが存在しますので、水分子間で水素結合が形成されています。そこにエタノールが少量添加された場合(サンプル F)、水分子間の水素結合が減少し、代わりに水分子 - エタノール分子間の水素結合が新たに形成されます。

さらにエタノールの比率が上がると(サンプル B や A)、液中の水分子は周囲がほぼエタノール分子のため、水分子 - エタノール分子間の水素結合が支配的になっていきます。このような水素結合の状態差がピークの高波数シフトとして現れるのです。1,2) 水素結合に起因するピークシフトは OH 伸縮振動やエタノールのいくつかのピークにも見られました。

このように、複数の物質を混合するとピークシフトを起こすことがあり、マルチサーチによる半定量の誤差要因となる可能性がありますので、手法を検討する際に十分注意する必要があります。

 

■まとめ

マルチサーチは簡易的な半定量分析法として利用することができます。おおよその成分比を知りたいときに役立ちますので、ぜひご活用ください。

なお、Spectrum IR ソフトウェアのバージョンによってはマルチサーチが実行できないものもあります。詳しくは弊社窓口へお問い合わせください。

 

■参考文献

1) Y. Marechal, The Hydrogen Bond and the Water Molecule:The Physics and Chemistry of Water, Aqueous and Bio Media (2006)
2) N. B. Colthup, Introduction to Infrared and Raman Spectroscopy Third Edition (1990)

 

☆以下のエントリも参考になりますので、併せてご覧ください☆

 

 

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