定量分析 単回帰分析編 | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

定量分析 単回帰分析編

前回のエントリでは定量分析の準備段階として、ピークの定量方法について触れました。今回は、ピークの定量によって得られた定量値から検量線を作成し、検量線から未知試料の濃度や成分量を予想する方法について書きます。このような分析方法を統計学的には単回帰分析と呼びます。単一の変数を使って回帰直線を作成するので、単回帰分析です。これに対して 2 つ以上の変数から回帰直線を作成する方法が多変量回帰分析です。多変量解析は次回のエントリで詳しく書きます。

■検量線とは?

FTIR を使って未知試料の濃度を測定する時、未知試料の分析だけで正確な濃度を測定することはできません。こういった場合、濃度のわかっている標準物質を測定し、濃度と定量値の関係をあらかじめ決めておく必要があります。この関係を示したグラフを検量線と呼びます。


図1 検量線のイメージ

 

検量線の作成には濃度を意図的に振って調製した標準物質が必要です。ほとんどの場合、標準物質は自身で調製します。標準物質の濃度水準は定量したい濃度が中心付近に内挿されるように取ります。

■検量線作成の注意点

検量線を作成するにあたり、様々な誤差に注意を払う必要があります。
まずは標準物質調製による誤差です。溶媒や溶質の純度、濃度調製に使用する器具の正しい使用方法や計量誤差等に気を使う必要があります。誤差を抑えることは重要ですが、より重要なのはどれだけの誤差があるか把握しておくことです。
次に FTIR の測定誤差です。温度変化、水蒸気や二酸化炭素の濃度変化、光学系(光源、干渉計、検出器)の安定性、光の散乱、迷光などが原因となります。できる限り同じ条件に揃える事が望ましいです。
3 つ目は、着目ピークにマトリクスの成分の影響が出ることによる定量値の誤差です。マトリクスとは定量したい成分を除いた残りの成分です。例えば、溶媒に溶けた有機物の定量であれば溶媒がマトリクスに該当します。前回ピークの定量のエントリを参考に、マトリクスの影響が小さくなるような定量条件の設定が重要です。

このように標準物質の濃度と測定値には多くの誤差因子が含まれているため、標準物質の定量値と濃度をプロットした点は必ずしも完全な直線関係にはならず、ばらつきを持ちます。そのため検量線はそれらのばらつきを最も小さくするような最小二乗直線を用います。

■検量線を評価する

さて、誤差に十分注意して検量線を作成したものの、プロットした点からのばらつきが大きかった場合、果たしてこの検量線はどこまで信用して使えばよいの?と不安になるかもしれません。
検量線の信頼性は相関係数で評価するのが一般的です。相関係数は、標準物質を測定して得た定量値が最小二乗直線に対してどれだけ合致しているかを示す指標です。相関係数にもいくつか種類がありますが、最も一般的なものはピアソンの積率相関係数です。記号 R で表すこともあります。パーキンエルマーの単回帰分析定量プログラムはこの方法で相関係数を算出しています。
相関係数は -1 〜 1 の値を取ります。1なら完全な正の相関、-1 なら完全な負の相関となります。つまり相関係数が 1 に近づくほど誤差が小さく信頼性の高い検量線と言えます。従って定量分析の各種分析メソッド ―例えば秤量手順や測定法や装置条件設定、ピークの定量条件設定など― を決める際、相関係数が大きい方を選ぶとより精度の高い定量結果が得られます。

相関係数の値には、〇〇以上だとこの分析メソッドは信用して使える、それ以下は使えない、といった具体的な基準値はありません。相関係数は濃度水準数や水準の振り幅、測定n数で大きく変わるためです。
ただ、相関係数が 0.9 を切る検量線を使うケースは稀だと思います。多くの場合、相関係数は 0.99 以上になります。R の値とプロットしたデータの関係を示しました。R が 1 に近づくほど直線関係が良好になります。

図2. 相関係数の値と相関係数。左からR = 0.950, 0.990, 0.9990, 0.9999

 

■未知試料の濃度を推定する

一度検量線を作成しておけば、図 3 のように未知濃度の試料を測定した時、そのピーク定量結果と検量線の関係を元に濃度を推定することができます。


図3. 検量線を使った未知試料の濃度推定

 

濃度推定とともに重要なのが、推定した濃度値のばらつきを把握しておくことです。検量線はばらつきのあるデータから得た近似直線なので、ばらつきが大きくなるに従って検量線上から外れる確率が高くなります。このばらつきを標準偏差として統計的に示したものを予測誤差(予測エラー)と呼びます。予測エラーがわかれば、推定濃度がどの程度の誤差を含んでいるかがわかります。

■Spectrum Quantソフトウェアでの定量例

検量線を Excel で作成されている方も多いかと思います。パーキンエルマーの FTIR ソフトウェアの中に、検量線の作成・未知試料の濃度推定を効率よく進めるための定量分析専用ソフトウェア 『Spectrum Quant』が標準でインストールされています。Spectrum Quant を使った定量例の詳細は、過去エントリ ソフトを使用した定量計算についてをご覧ください。
ここでは過去エントリのデータを一部抜粋して示しました。ベンジン中のアセトンの濃度を振って作成した標準試料スペクトルから、着目ピークを定量後に検量線を作成しました。このときの相関係数は 0.997 でした。一連の作業をソフトウェア上のクリックで完結できます。


図4 アセトンのベンジン溶液 検量線図

 

この検量線データを FTIR の測定解析用ソフトウェア『Spectrum』にインポートしておけば、未知試料を測定した後、1 クリックで推定濃度と推定濃度の予測エラーが出力されます。未知物質の濃度推定に役に立つ強力なツールです。

■単変量回帰分析の限界

単変量回帰分析は未知物質の濃度推定に役に立つ方法ですが、定量したい物質のピークにマトリクスのピークが強く影響する場合、良好な検量線が得られません。その代表例が ABS 樹脂です。ABS 樹脂は、ポリアクリロニトリル(AN)、ポリブタジエン(BD)、ポリスチレン(ST) の 3 成分系の共重合高分子で、その高機能性から家電・自動車・事務用品から玩具まで幅広く使用されるエンジニアリングプラスチックです。
今回 AN、BD、ST の各組成比を決定するため、混合比率を変えて作成した ABS 樹脂の標準物質を ATR 法で測定し、各組成の検量線を作成しました。
AN は 2240 cm-1 の C≡N 伸縮振動, BD は 1640 cm-1 付近の C=C 伸縮振動、ST は 1600 cm-1 の環の環伸縮振動が検量線作成に最適なピークと判断し、以下のような波数範囲で定量条件を設定しました。

図5. 各成分の着目ピーク AN(左), BD(中央), ST(右)

 

検量線を作成した結果を示します。

図6. 単回帰分析による検量線

AN は比較的良い相関係数が得られていますが、BD、ST の相関係数が非常に低いことがわかります。このように多成分系であって、着目ピークがマトリクスからの影響を多く受ける場合、単回帰分析による定量はうまく行かないケースがあります。
この問題は多変量回帰分析で解決できることがあります。

 

というわけで次回は、多変量解析を使った定量について書きます。お楽しみに!

 

 

 

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