ATRクリスタル洗浄時の溶剤選択と注意点 | FTIR Blog - PerkinElmer Japan

ATRクリスタル洗浄時の溶剤選択と注意点

今回は ATR クリスタルの洗浄を取り上げます。
溶媒にとけにくい物質や粘性の高い物質を測定した時、原因不明のピークに悩まされたことはありませんか?それはもしかすると、溶剤蒸気の ATR アクセサリや試料室内への拡散が原因かもしれません。
このエントリでは ATR クリスタルの洗浄溶剤がスペクトルに与える悪影響とその対策方法についてご説明します。

■推奨洗浄溶剤と正しい洗浄方法

パーキンエルマーの ATR クリスタルの推奨洗浄溶剤は 2-プロパノールですが、酸溶剤を除くほとんどの有機溶剤が使用可能です。酸溶剤はトッププレートの金属面を腐食するので、耐酸性型の特殊なトッププレートが必要となります。
洗浄方法は、綿棒に少量の溶剤を含ませ、クリスタルをやさしく拭いた後、最後に乾拭きをしてください。


図1 クリスタル洗浄の様子

 

■溶剤の使い過ぎに注意

洗瓶からトッププレート上に直接溶剤を滴下する、キムワイプやキムタオルに多量の溶剤を含ませて ATR クリスタルを拭く、といったケースは注意が必要です。多量に揮発した溶剤蒸気が ATR アクセサリと試料室の間の隙間から試料室や ATR アクセサリ内部に拡散することがあります。赤外光が拡散した溶剤蒸気に吸収され、意図しない溶剤のピークが出現する事があります。


図2 サンプル室内に拡散したアセトンの吸収スペクトル

 

■低沸点溶剤は注意が必要

数ある有機溶剤の中でどのような種類の溶剤が問題になるのでしょうか。実験室で使われる代表的な溶剤を用意して、溶剤蒸気拡散の影響を調べました。バックグラウンド取得後、溶剤 1 mL をキムワイプに含ませ、ATR クリスタルのトッププレート全面を 10 秒間拭きます。乾拭き後、クリスタル上に溶剤が残っていない事を確認した上でスキャンし、スペクトルを得ます。溶剤蒸気が光路中に拡散していれば、その影響が吸収スペクトルとして現れます。表に使用した溶剤種と各種特性をまとめました。結果の欄に実験結果を○×で記載しました。○は溶剤の影響がなかったもの、×は影響があったものです。

表1 実験に使用した溶剤と諸特性
溶剤種 分子量
g/mol
密度
g/cm3
沸点
結果
メタノール 32 0.792 64.7
エタノール 46 0.789 78.3
2-プロパノール 60 0.781 82.4
N-ヘキサン 86 0.655 69.0
トルエン 92 0.867 110.0
アセトン 58 0.788 56.5 ×
メチルエチルケトン 72 0.805 79.6 ×
テトラヒドロフラン 72 0.889 66.0
クロロホルム 119 1.48 61.2 ×
酢酸エチル 88.1 0.897 77.1

アセトンやクロロホルム等の特に沸点の低い溶剤でスペクトルへの影響が大きいことがわかります。

 

■溶剤の滞留は数十分以上

一度サンプル室内に溶剤が拡散すると、抜けるのを待たなければなりません。溶剤が抜けるのにどの程度時間が必要かアセトン、メチルエチルケトン、クロロホルムの 3 つの溶剤で確認しました。図2 は溶剤蒸気による吸収強度の経時変化です。縦軸の吸収強度 (Abs) は各溶剤蒸気スペクトル中の最大ピークです。アセトンとメチルエチルケトンは 1740 cm-1 を、クロロホルムは 773 cm-1 を選択しました。


図3 溶剤蒸気による吸収強度の経時変化 (左)アセトン (中)メチルエチルケトン (右)クロロホルム

 

結果、アセトンとクロロホルムは 60 分以上、メチルエチルケトンは ~30 分程度、溶剤蒸気によるスペクトルへの影響がありました。いずれも溶剤蒸気が長時間滞留している事がわかります。これらの溶剤を使用する際は、冒頭で述べたように綿棒に少量含ませて使用する事が望ましいです。

 

■溶剤が試料室内に拡散する場合の対処方法

では、溶剤に溶けにくい物質や粘性の高い物質を測定する等、多量の溶剤を使用しなければならない場合はどうすればよいでしょうか。最も手軽な方法は、試料室内を窒素ガスで置換する方法 です。サンプル室パージ口に窒素ガスラインを接続し、窒素ガスを2L/min程度の流量で供給すると、溶剤蒸気のサンプル室内への侵入を防げます。窒素ガスを供給した状態で先ほどと同じ実験を試したところ、3つの溶剤全てで溶剤由来の吸収ピークが生じないことを確認しました。多量の溶剤が必要な状況なら、窒素ガスパージをご検討ください。

 

■まとめ

  • 多量の洗浄溶剤はスペクトルに悪影響を与えるため、洗浄溶剤は綿棒に少量つける程度が良いです。
  • 多量に使用する場合は、サンプル室内の窒素ガス置換をご検討ください。

 

次回は定量分析の基礎について書く予定です。お楽しみに!

 

 

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